発展途上臨床さいころじすとの航跡blog版 メラニー・クライン-苦痛と創造性の母親殺し-(精神分析 臨床心理 心理療法)
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フランスの文芸理論家、著述家、哲学者によるメラニー・クラインの評伝と理論解説の本。350頁にわたる膨大な量であり、読み応えがある。

メラニー・クラインはウィーンで生まれ、時期的にフロイトと同じ町にいたようであるが、面識があったという話は全くない。その後、姉や兄を次々と亡くすという不幸を背負っていた。特に慕っていた兄の死は大きな衝撃であった様子。その後、医学部進学を断念して、結婚し、子どもを出産するが、うつ病に。その時に精神分析家であるフィレンツィに治療分析を受け、その後、精神分析家になっていった。また、フィレンツィとの訓練分析では物足りなさを感じ、ベルリンではアブラハムの訓練分析を受けるようになった。しかし、それも1年程度で、アブラハムの死去により中断。行き場を無くしたメラニー・クラインはジョーンズに招かれてイギリスに渡る。そこでは、治療と研究に専念し、クライン派という大きなグループを作るまでになる。その過程で、多くの同僚や弟子が離脱し、さらにはアンナ・フロイトらの自我心理学からのバッシングもあり、平穏とは言いかねるものであった。さらには息子であるハンスを事故でなくした上に、同じ精神分析家となった娘からも非難を浴びることもあり、大きな悲しみの中での晩年であったようである。

本書では、そのようなメラニー・クラインの生い立ちにも詳細に触れられている。

また、それ以上に、メラニー・クラインの理論にもかなり立ち入り、主要論文を取り上げながら、論じられている。ただ、著者は教育分析(と訳者あとがきでは書かれているが、訓練分析のことか)を受けてはいるようだが、臨床実践活動はしていないようで、理論的なことはともかく、メラニー・クラインの生の実践についての理解があまりできていないように思われた。

その他に、フランスという土地柄があるからかもしれないが、ラカンを通してクラインを理解しようとしているところが多かった。しかし、これもラカン理論とクライン理論の決定的な違いがあり、うまく説明できていないようであった。基本的にはラカンの理論は一者心理学であり、クラインは対象関係論である。クラインはフロイト-アブラハムという路線の対象関係を極めて強く打ち出し、その方向で理論を発達させた。フロイトは生まれたばかりの乳児は一次ナルシズムといって、他者との関係が全くない状態を想定していたが、クラインは乳児は生まれてからすぐに頻繁に他者と交わりあい、様々な投影同一化や取り入れを活発に用いているということを打ち出していた。それを対象関係という視点があまりない一者心理学という内部完結的なことを用いて理解しようとすることがどれほど不可能なことなのかは明確であろう。


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