発展途上臨床さいころじすとの航跡blog版 ジグムント・フロイト:書簡集1873-1939への書評(精神分析 臨床心理 心理療法)
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本論文はフロイトがマルタに当てた恋文を主に取り上げながら、ウィニコットはフロイトの人間性について検討を加えているものである。

フロイトはもともと筆まめであり、生涯にたくさんの手紙を書き、それを様々な幸運のもとで現在に至るまで保管されている。その中には後に結婚する恋人マルタに対してたくさんの恋文も残されている。自分のこのような手紙が残されて、後世のさまざまな人に読まれるとはとんでもなく恥ずかしいことのように思うし、そういう意味ではフロイトは可哀想だとも思ったりするが。

それはともかく、ウィニコットはこれらの手紙から、フロイトは「私は~である、という事実を確立しようとしている1人の人間の姿をみてとることができる」とし、マルタをフロイトの半身であるともしている。また、マルタとの関係がフロイトの個人的な神経症的な問題を解決したとも言っている。つまり、マルタはフロイトの治療者であったとも言えるのかも知れない。

フロイトはさまざまな資料から分かることだが、かなりの変人であり、パーソナリティの偏った人物であったことが伺える。さらには広場恐怖・汽車恐怖といったさまざまな精神医学的な課題を抱えていたとも言われている。また、フロイトの対人関係のパターンとして、極度に入れあげたかと思えば、急に脱価値化をして、離れていく、といったことが繰り返されていた用でもある。それはブロイヤー・フリース・ユング・フィレンツィなどなどの間で繰り広げられていた。そういう意味では生涯、フロイトの病理は残り続けたといえるかもしれない。

ウィニコットは本論文の最後で「パーソナリティにおいても偉大であった」としているが、本当にそうなのか?という疑問がぬぐいきれない。もっとも、精神分析を確立し、無意識のさまざまな過程を明らかにしていった偉大さはもっともだとは思うが。


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