発展途上臨床さいころじすとの航跡blog版 マイクル・バリント“The Doctor,His Patient and the Illness”の書評(精神分析 臨床心理 心理療法)
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D.W.ウィニコット(著) 「マイクル・バリント“The Doctor,His Patient and the Illness”の書評」 1958年
D.W.ウィニコット(著) 北山修(監訳) 「ウィニコット著作集7 精神分析的探求2 狂気の心理学」 岩崎学術出版社 1998年 pp190-196

バリントは一般開業医の仕事をとおして、精神分析の窓口を広げる試みを“The Doctor,His Patient and the Illness”の論文で行っている。バリントの提起した公式によると「最も重要な薬物は医師自身である」ということである。それは単に薬物の生理学的作用だけではなく、どの医師が処方したのかによって効果が変わってくるということかもしれない。これをプラセボと言うか言わないかは別として。そして「一般開業医は何十年にも渡って利用可能であるので精神療法を終わらせる必要が無い」ということである。精神分析であれば分析が終結した後に再び患者が戻ってくると分析の何かが不備だったのではないかと考えるが、一般開業医の場合では患者が戻ってくることは至極当然のことである。そのため、精神療法を繰り返し、何度でも行えるという利点があるのである。

他にもバリントは「患者の提示と医師の反応」「匿名の共謀」「一般開業医の訓練」「使徒的役割」「行動化の取り扱い」などについて詳細に検討しており、ウィニコットはそこに付け加えて自身の考えを述べている。

例えば、「匿名の共謀」については「責任ある関係者の分散について」とウィニコットは捉えなおしている。つまり、バリントが1人の患者にたくさんの関係者が関わると中心的な問題が引き裂かれてしまうと構造的な問題を指摘しているが、ウィニコットはそこには精神医学的な障害が分散の原因になっていると主張している。

また、バリントが行動化に振り回される一般開業医について述べているところに関して、ウィニコットはそうした周辺的な行動化に振り回されつつも、何が無意識的な中心テーマかを理解できていれば良い、としている。

バリントとウィニコットはどちらも独立学派に類する分析家であるが、その共通点と相違点がよく出ているように思われる。


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