発展途上臨床さいころじすとの航跡blog版 考えることと象徴形成(精神分析 臨床心理 心理療法)
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ウィニコットの考えることについての仮説は「考えることは自我ニードに対する適応の失敗と緊張に次ぐ緊張を生み出す欲求不満の二つに乳児が耐えるためのメカニズム」であるとしている。そして、「考えることは母親の世話の代わりとして振舞っていたり、また偽りの自己が乱用された知性の形をとって発達している」領域をウィニコットは探求しようとしているようである。

そして、一つの症例を用いて考えることを考えている。一言で言うと、転移神経症が発展し、患者が現実的にしてしまった失敗を分析家がいなかったからであるといっている症例である。しかし、この反応は分析が休みになったことにたいする反応とも言え、そういう文脈では確かに分析家の失敗であると言える。そのような役割を分析家は敢えて引き受けていかねばならないのである。

このようなプロセスを経ることによって、考えることや象徴機能が形成されていくのかもしれない。


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