発展途上臨床さいころじすとの航跡blog版 狂気の心理学:精神分析からの貢献(精神分析 臨床心理 心理療法)
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精神分析はヒステリー・神経症の治療としてフロイトによって開始されたが、徐々にその適用を広げて、ついには精神病を扱うまでに至っている。ウィニコットはその中で精神病の起源をパーソナリティが確立する乳幼児期に求めている。そして、精神病を環境欠損病と捉えなおし、早期の育児や世話(ケア)との関係が重要であると指摘している。

さらに、成人の様々な精神病的な症状も、成人になってから初めて経験されたものではなく、すでに幼児期の頃に体験したことの再燃であるともしている。そして、その治療においては「患者にとって必要なのは、本来の狂気original madnessを思い出すことである」としている。つまり、「分析設定の中で狂気になることであり、患者にできることとしては、狂気を思い出すことにもっとも近いことである」とウィニコットは提起している。精神分析の中で幼児期の欠損を想起し、ワークすることが必要ということなのかもしれない。

このようなことが精神分析の中であらわれることは、妄想的転移(M.Little 1958)と呼ばれているのであり、分析家はその受け皿として引き受けねばならないのである。ゆえに、転移や防衛の背後に隠された不安に触れていくことを分析的にしていかねばならないのである。

このような精神病の苦しさには解体・非現実感・離人等さまざまあるが、この「苦しみを自覚するためにこそ苦しみ続けるということを意味している」とウィニコットは言う。

乳幼児期に侵襲によって起こる事態が防衛を再組織化していく。つまり、偽りの自己の発達であり、それによって本当の自己は守られているのである。精神分析とはこの本当の自己に触れて行くことが究極の目標であるが、それは自覚することではなく、転移の中で生きていくことを意味するのである。それによって患者は変容していくのかもしれない。


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