発展途上臨床さいころじすとの航跡blog版 本当の、および偽りの自己という観点からみた、自我の歪曲(精神分析 臨床心理 心理療法)
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D.W.ウィニコット(著) 「本当の、および偽りの自己という観点からみた、自我の歪曲」 1960年
牛島定信(訳)“情緒発達の精神分析理論-自我の芽ばえと母なるもの-” 岩崎学術出版社 pp170-187

 ウィニコットの重要概念である“偽りの自己”と“本当の自己”について論じられた論文。偽りの自己は自分自身の防衛するための機能をもっており、ある程度極端ではなく健康に発達しているのであれば、社交性や礼儀正しさといった社会性につながるものとなる。しかし、偽りの自己が極端になってしまうと、まとまりのある人格が形成されず、常に不全感・空虚感・不安感など出現し、生きている意味について確信がもてないままとなってしまう。そして自然に感じる情緒や交流がなりたたず、あたかもロボットのように感じてしまうこともあるかもしれない。また、本当の自己を守るために、自殺という手段に走ることもある。

 幼少期においては、幼児は環境について知覚することができず、万能的にすべてが満足すると経験する。そこには母親の原初的没頭によって守られた環境があるからである。しかし、成長するにつれ、過剰ではない適度な環境の失敗が起こり、そこで幼児に欲求不満が生じる。または外傷的な体験をする。そこに破滅的で解体的な不安が生じることになる。それらの体験から本当の自己を守るために偽りの自己を幼児は発達させていくのである。

 精神分析の中では患者の偽りの自己だけに付き合い、分析を行ってもそれは不毛である。偽りの自己により展開する転移を突破し、如何に本当の自己に触れて行くのかが精神分析的には大変重要になってくるのである。


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