発展途上臨床さいころじすとの航跡blog版 精神分析と罪悪感(精神分析 臨床心理 心理療法)
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 罪悪感の問題は精神分析にとっては非常に重要なテーマであり、フロイト以来、常に取り上げ続けられている。フロイトにおいては「悲哀とメランコリー」や「自我とエス」などで取り上げられ、超自我との関係で論じられている。クラインは超自我を前エディプス期より生得的に備わっているものとして捉え直し、過酷な超自我を迫害的に体験することにより精神病的な反応をするとも言っている。

 ウィニコットは本書において、罪悪感を道徳的・宗教的に教え込むものではなく自然発生的に発達するものという前提を置いて論を進めている。罪悪感の起源をクラインの抑うつポジション(本書では“抑うつ局面”と訳されている)に求めつつ、罪悪感が欠如・喪失したケースとして反社会的な人を例に持ち出している

 「盗みやいたづらをすることは罪悪感を意味あらしめようとする無意識的努力である」とウィニコットは言っている。さらに犯罪が重篤で凶悪になると治療は困難を極めるとしつつも、未熟な幼児が求めるのと同等の環境を提供することによって希望を持つことができるとも言っており、ここにウィニコットがかなり大変な患者を抱えつつ治療してきた経験によって裏打ちされているように思える。


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