発展途上臨床さいころじすとの航跡blog版 幼児と母親および母親と幼児のコミュニケーション、比較と対比(精神分析 臨床心理 心理療法)
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D.W.ウィニコット(著) 「幼児と母親および母親と幼児のコミュニケーション、比較と対比」 1968年
ウィニコット著作集1巻 “赤ん坊と母親” 岩崎学術出版社 pp97-111

 精神分析において無意識という概念はとても重要である。しかし、ウィニコットは本論文で赤ちゃんには無意識はないと言い切っている。赤ちゃんは意識と無意識とが入り混じっており、渾然一体となっているとウィニコットは捉えているようである。そして意識や無意識といった概念よりも母親との関係や一体化の重要性を指摘しているようである。母親は出産後、数週間から数か月は母親は赤ちゃんに対して引きこもりにも似た集中を発揮するといい、それを原初的母性的没頭と言っている。そのことから、母親と赤ちゃんは一つのユニットとして捉えるべきだと言っているのかもしれない。

 母親と赤ちゃんとの関係はまさに二人で一人というほど密着したものであり、母親は赤ちゃんのニードを素早くキャッチし、それに対処している。このことをウィニコットは抱っこ(ホールディング)といっている。そこでは完璧な養育をすることを目指すが、時として失敗してしまう。その失敗こそに意味があるとしている。失敗を通して赤ちゃんはニードが満たされない体験をし、それを埋め合わせるようにして発達するのである。しかし、その失敗が大きかったり、長すぎたりすると、剥奪体験になり、その後の精神病的な不安になるとしている。

 これらのことは精神分析の治療関係のメタファーとして使われている。すなわち、治療者が患者のニードをホールディングし、しかし、失敗することによって治療が進展する、ということが分析治療においても言えるのである。母親-赤ちゃんは、治療者-患者とパラレルな関係であると言える。



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コメント
この記事へのコメント
またまた、ウィニコットに関するエッセーを書いています。今回は「Stage of Concern」です。クラインの「Depressive Position」と比較しています。何故私がウィニコットが好きかと言うとやはり「ホールディング」のコンセプトが好きだからです。ホールディングとは簡単そうで実はとても難しいことだと思います。まだまだ私は訓練生ですが、いつもクライアントをいかにホールディングできるかを考えています。そのようにクライアントの事を考えるのもホールディングしていることの一つですね。ホールディングができてから私は上手く解釈ができるのではないかと思っています。それとセラピストの失敗から良い結果を出せることもありますよね。
2011/02/08(火) 08:48 | URL | みみ # - [ 編集する]

ウィニコットはクラインの「抑うつ」という病的な表現ではなく「思いやり」といった平易で日常用語に近い意味で捉えなおしましたね。抑うつポジションといっても一般的な「抑うつ」症状とはちょっと違いますからね。
ホールディングについてはウィニコットのニュアンスとしては身体性というのが含まれているところにユニークなところがあるのでしょうね。気持ちだけを抱えるというよりも身体的に・物理的に抱えるというのがとても重要なポイントなのでしょう。そしてウィニコットは分析の場面でもリトルを物理的に抱えています。病院の手配といったマネジメントもしていたようですし。この辺は臨床心理士としての僕はホールディングを本当のところで理解し、実践することはなかなか難しいところです。医師などが物理的な治療を行う上でのホールディングはとても説得力がありますが、物理的なことができない臨床心理士がホールディングといっても少し説得力に欠けてしまうので。
2011/02/08(火) 22:01 | URL | ピュアリー # 6fwIY24o [ 編集する]

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