発展途上臨床さいころじすとの航跡blog版 個人の始まり(精神分析 臨床心理 心理療法)
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D.W.ウィニコット(著) 「個人の始まり」 1966年
ウィニコット著作集1巻 “赤ん坊と母親” 岩崎学術出版社 pp61-68

 本論文は、カンタベリー大司教であるフィッシャー博士が「個人の始まりはいつなのか?」ということの討論をしており、それに対してウィニコットが返信した手紙に書かれていたものである。ウィニコットは12の観点から個人の始まりの基準をまとめているが、8の「私と私でないもの(Me and Not-me)」はウィニコット的な観点であると言える。すなわち、赤ん坊が生まれた瞬間はMeという感覚はなく、母親と二人で一人であるとしか言えない。このような原初的一体感から脱却した時点を個人の誕生とすることもできるのかもしれない。



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この記事へのコメント
初めまして。
現在ロンドンでサイコダイナミックサイコセラピストになる為に訓練を受けています。

現在ウィニコットの"Fear of Breakdown"についてのエッセーを書いているところです。

自己の発達は赤ん坊が"Me and Not me"の区別ができて、自分の気持ちや知覚が他人とは異なることが理解できることによってできるのですね。その為には母親がいかに上手く赤ん坊を"holding"かでき、そして赤ん坊のニーズを理解できることが必要ですね。
2010/12/18(土) 08:58 | URL | みみ # - [ 編集する]

そうですね。そして時に母親のホールディングは失敗し、赤ん坊のニードが満たされず、欲求不満になることがあります。

いわゆる抱えることの失敗ですが、これによって赤ん坊は万能的・原初的な一体感から脱却し、母とは違う自分というものを体験するようになります。
2010/12/19(日) 00:13 | URL | ピュアリー # 6fwIY24o [ 編集する]

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