発展途上臨床さいころじすとの航跡blog版 同一視について(精神分析 臨床心理 心理療法)
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メラニー・クライン(著) 「同一視について」 1955年
メラニー・クライン著作集4巻 ”妄想的・分裂的世界” 誠信書房 pp183-226

 クラインは小説を素材にした論文を3つ書いているが、その内の1つが本論文である。その小説は、フランスのジュリアン=グリーンによって書かれた「もし私があなただったら」というタイトルである。タイトルからして、同一視を連想させそうな感じである。クラインはこの小説の主人公であるファビアン=エスペルについて精神分析的な解釈を行っており、そこから導き出された考察は突飛な感じがしつつも、見事だとも思えるものである。

 小説とその分析は長いのでさきおき、本論文のタイトルとなっている同一視は英語ではidentificationとなる。日本語では同一視と訳されることもあれば同一化と訳されることもある。どちらのほうが良いのかはもちろん各人によるだろうが、僕の感覚からすると同一視というと、どこか静的で、それを単に眺めている・見ているだけのようなイメージがする。反面、同一化とすると、対象に没入し、その人になっていくという動的なイメージがするので、後者の方がより英語に近いのではないかと思ったりする。特にidentificationは投影と結びついた、projective identificationの概念が重要になってくる。

 このprojective identificationはクラインが定式化し、ビオンが発展させ、現在の精神分析にはなくてはならない概念となったが、この用語自体も他者との相互作用に力点が置かれており、動的なニュアンスが強いのである。なので、このprojective identificationも投影同一視と訳するよりも、投影同一化という方がピッタリに思えてくる。projective identificationによって転移/逆転移が説明され、ひいては早期幼児期の母子関係における発達をも定式化されていくのである。さらにクラインはprojective identificationの病的な側面が強調されていたが、後のビオンは健常なコミュニケーションや健常な発達をも射程にいれていくようになり、概念の幅が広がっていったのである。

 また、本論文では、羨望envyについても多少触れられている。良い対象であるからこそ、そこに怒りやアグレッションを向けるというものである。この概念は、クライン著作集5巻に収録されている「羨望と感謝」(1957)できちんと整理されているのであろう(まだ読んでないので分からないが)。


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