発展途上臨床さいころじすとの航跡blog版 精神分析体験:ビオンの宇宙(精神分析 臨床心理 心理療法)
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 前作である「対象関係論を学ぶ」の続編にあたり、特にビオンの理論を中心に紹介している。もちろんビオンの理論といっても松木先生なりの解釈や理解が入っていると思うので、ビオンそのものとは言えないかもしれないが、かなり平易に分かりやすく簡潔に書かれているので、入門書としては大変良いものであると思う。松木先生の良さはこういう難しいものを初学者にも分かりやすく教えてくれるところなのだろう。ビオンは通常の用語・言葉は様々な意味が付与され、真に理解していくには不適切と考え、KやLやOといった特殊な記号で概念を説明しようとしていた。その為、精神分析の発展には大きく寄与できたものの、初学者がうまくとっかかれなくなってしまったというところはあるだろう。

 そういえば、クラインの理論も複雑ではないが、雑多なものが雑多なままに提唱されており、やや分かりにくいところもあったと思う。が、その後のスィーガルがクラインの理論を分かりやすく整理していった。そう思えば、ビオンの難解な理論を松木先生が分かりやすく整理していったこととかぶるような気もする。

 中身に入るが、同じ精神分析と言ってもその臨床家・理論家によってそのものの見方は大きく変わるように思う。フロイトは性を中心に、クラインは攻撃性を中心に、ウィニコットは関係を中心に精神分析を展開した。そしてビオンは何を精神分析の中心に置いたのかと言うと「思考」である。思考の発達が人間を作り上げるとし、その展開を詳細に描いていった。そして真実というものが強烈な不安を喚起するとともに、栄養にもなり、人間にとっては真実が必要であるという理解を示していった。そして精神分析の本質はその真実を探求することとビオンは定式化したのである。その後はOになることといった東洋的な視点も入れて行ったようであるが。このようなところが今まで分かりにくかったが、本書を通して、整理して理解できたように思う。

 また、Oになることとの関連で非常に面白いことを書いているところがあったので、多少長くなるが引用する。

「私たちのこころにかかわる世界にも天才や神秘家のように振舞って、取り巻く人たちを魅了し続けようとする人をみることがあります。しかし、私の知るところ、その人たちはちょうど新興宗教の教祖のように、自分が高みに置かれる状況を楽しみ受益しており、それを維持しようと腐心することはあっても、みずから事態に悩みぬくことをしていないようなのです。それはすなわち、内的破局に直面していないことであり、その人たちには、新しい視点を持ち出す内なる真の神秘家/天才は存在していないことを表わしています。ですから、それらの神秘家もどきの人たちに関わる人たちは、その関係が寄生的なものであることを認識しないままにその関係に浸かり真似し、結果としてこころの栄養失調に陥ります。彼らは自分自身を創造できず、表向きが神秘家もどきそっくりになるだけです。」(pp-201)



 ビオンは真実を探求することを精神分析の本質であると考えるとともに、人間の成長に不可欠であると考えていたことがとても理解できるように思う。そしてここに書かれた神秘家もどきの人はイギリスから遠く離れた日本においてもよく見られており、カウンセラーを名乗りつつ、カウンセラーとはとても言えない人が多いのが嘆かわしいところである。

 またビオンは精神分析家とは何か?ということについても生涯に渡って考え続けたようである。精神分析家になるためには一定のトレーニングと協会からの認定が必要になる。しかし、精神分析家の資格を取得することと、精神分析家になることとはイコールではないというビオンの主張には大変うなずけるものである。資格云々とは別に精神分析家であり続けることは大変な困難なことであることは容易に想像がつく。しかし、だからといって、精神分析家には他者から認定される資格は必要がないというのは短絡的な思考だと思う。たとえば歴史的にラカン学派にはそういう人が多いようで、極端にはちょこっとトレーニング積んだだけで、ラカン派精神分析家を名乗る人もいるようである。ビオンはこのようなことを言っていたのではないことは明白であろう。ビオンでいうところのφの思考になっているのかもしれない。

 これは精神分析家だけではなく、臨床心理士にも言えることかもしれない。臨床心理士の資格を取ったとしてもそれが臨床家である証とは言えないだろう。臨床心理士の資格を持っていても臨床家ではない人はたくさんいる。それが良いか悪いかではなく。如何に臨床家であり続けるのかはその人の姿勢によることだと思う。

 本書ではビオンの理論を紹介されているが、ビオンの生き方・生涯についてはほとんど触れられていない。付録でビオンの年表が少し載せられているぐらいである。精神分析の理論はその分析家の生き方が直結していることはほとんどの人に同意されるだろう。生き方やパーソナリティと関係なく理論はできないのである。フロイトは父親との関係やその神経症傾向が精神分析の理論の展開に大きく影響している。クラインはその抑うつ的なパーソナリティや身近な人を次々に失っていった悲しみが理論に関係している。ウィニコットは抑うつ的な母親との関係からホールディングなどの概念につながっている。ビオンはどうかというと、幼少期はインドで育ち、思春期にイギリスに渡り、生涯インドに帰ることはなかった。さらに、軍医として戦争に参加し、そこで死ぬまで苦しむことになる外傷体験をこうむった。このようなビオンの生き方や生活史がもう少し多めに載せられているとビオンの理論の理解に役立っていたのではないかと思う。

 最後に、本書にはまえがきに変えて、松木先生の自宅で飼っているネコの物語が書かれている。松木先生らしいユーモア・遊び心であり、何冊も本を書いている余裕が見られた。ネコの行動から精神分析的な人格理解(ネコ格理解?)をしており、純粋に面白かった。精神分析ではなく、行動分析的にも見れそうでもあったが。しかし、ネコやイヌにもヒステリー症状が見られることもあるので、あながち適当な話でもないだろう。


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