発展途上臨床さいころじすとの航跡blog版 離乳(精神分析 臨床心理 心理療法)
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メラニー・クライン(著) 「離乳」 1936年
メラニー・クライン著作集3巻 ”愛、罪そして償い” 誠信書房 pp55-74

 離乳という問題を象徴的な意味として理解するか、現実的な意味として理解するかで、かなり変わってくる。クラインはもちろん前者に重きを置いていて、離乳ということに関して、乳幼児の心のありようをこの論文では詳細に説明している。乳幼児の心のありようは、これまでの論文で書かれていたこととほとんど同じであり、攻撃衝動やサディズムの変遷が心の発達に重要であるということをここでも書いている。そして、象徴的意味としてみているということは、クラインが「本当の成功を収めた離乳とは赤ん坊が新しい食物に慣れる様になったという事だけではなく、むしろ、それは、その際の内的葛藤や恐怖を処理する最初の基本的段階であって、真の意味において欲求不満に対する適応方法を見つけ出すことに通じているのである」と言っていることからも分かるであろう。

 しかし、その反面、この時期のクラインにしては珍しく、母親の現実的な養育の仕方や、禁止事項などマネジメント的な立場からも書かれており、ちょっとした精神分析的養育方法にもなっている。離乳をする際の工夫を母親に指導したり、段階的に食べ物を与えるべきだとか言ったりしている。さらに、子どもの自慰に対する対処やトイレットトレーニングの具体的な方法についても述べている。この点からすると、自我心理学や独立学派からクライン学派は「空想を重視しすぎて、現実を見ていない」と批判されることが多いが、本論文を読んでいるとそうでもなさそうに見えてくる。

 また、具体的な指導の中には「赤ん坊を両親の部屋に寝かせるべきではないし、性交の場に居合わさせるべきではない」と書いている。両親の部屋に寝かせることについては、日本では結構一般的なところがあって、この辺はヨーロッパとは文化的にかなり違うのだろうと思った。ただ、両親の性交をみせることについては、最近ではそのこと自体も虐待ではないか、ということが言われ始めている。フロイトは原光景と言っており、両親の性交を見ることが後々に外傷的に作用すると言っている。これは確かに臨床の中ではよく観察されることで、両親の性交目撃が症状を形成する原因かどうかは別として、患者の大きな傷つき体験として語られることはよく見られるのである。


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