発展途上臨床さいころじすとの航跡blog版 技法と理論の選択(精神分析 臨床心理 心理療法)
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オリエンテーションとする技法や理論を選ぶ時、人は合理的にはなれない。

 土曜と日曜は連続で事例検討会。土曜は復職支援の事例で、日曜日は教育相談の事例。

 この二つに参加してやはり思うのは、僕は現実的にガチャガチャと操作するような援助というのは不向きであり、嫌いなんだなと再認識したかな。そういう援助は意味がない、無駄であるということではなく、僕自身が単に合わないということだけ。

 患者の内的な葛藤や空想を扱い、ワークしていくことに魅力を感じる自分がいるのだなと。また、同様にこれらのことが援助技法として必要だとか、効果があるからとか、意義があるからというのでも無いように思う。いうなれば単に好きだからとしか言えないかも。

 究極的には好き嫌いのレベルなんですね。

 多分、人間はそんな合理的に物事を選択したりしていないと思うんですよね。合理的に見えるのは、単に後付で理由をくっつけているからだけ。

 例えば、認知行動療法(CBT)が好きな人がよく言うのは「CBTをしているのはエビデンスがしっかりしているから」という理由。でも、見ていると、その人の趣味・志向・性格がCBTにマッチしているから選んでいるだけ。エビデンス云々はその後の理屈付け。もし仮にCBTのエビデンスが明白ではなくても、何らかの理屈をつけてCBTを選んでいると思う。

 同様に、ブリーフや催眠や精神分析やユングやロジャースや家族療法などなどをやっている人もそうだろうと。

 合理的に選択はしてないけど、でも、その人の人生というコンテクストの中で、なぜそれを選んだのかは結構意味を帯びてくる。選ぶことで人生に肉付けをしている。反復と言い換えても良いけど。

 で、これらの選択は実はセラピーに良い影響も与えていると思う。

 最近は折衷主義とか、クライエントに合わせたオーダーメイドということが言われるけど、そんな単純なものではない。技法の選択は、クライエント要因、関係性要因の他にセラピスト要因があって、そのいずれにもマッチするときがもっとも効果的だと思う。だから、セラピスト自身が嫌いな技法、苦手な技法をすると、効果も半減する。いうなれば、セラピストにとっては技法は「好きこそ物の上手なれ」なのだろうと。


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コメント
この記事へのコメント
今度、それこそ敢えて火中の栗を拾う、ごちゃごちゃした仕事にも領域を広けることになったこういちろうです(リンク先参照 ^^)

振り返ってみれば、これも理屈とか経営的観点(!)すら超えた形で導かれた、非合理的な選択の過程そのものだなと、しみじみ思います。

ぶっちゃっけて言うと、こういちろうの場合には、結局、およそ本を読んだり何かを学んだり現実的な問題解決する時に、安直に流れないでやっていくというライフスタイルそのものを人に伝えたいという強いモチベーションが内側にあるとしか思えません。

それはもはやセラピーをどう学ぶかということを大学院出の人たちにどう伝えたいかをいつしか踏み越えていく性質のものだった。

「ああ、こういう学び方を大学(院)に入るまでに身につけてしまった人たちに何をどう伝えようとしても焼け石に水では?」

 それなら、むしろ受験戦争で容易に勝ち残れないまま停滞している人たちの「独学能力」「自己学習能力」そのものをいい方向に触発するお手伝いをしよう....そういう開き直り方をするしかなかったのかもしれません。

もちろん、ひょっとしたら、文字通り

「好きこそものの上手なれ」

であって、

「勉強することを自分なりに好きになるとはどういうことか」

とか、

「好きになってからあと、それをどう勉強していくと効果的に上達して、自分なりにモノになるのか」

といった事柄も、結局、人に教え得ない、伝え得ない、喚起できない領域なのではないかというペシミズムも私の中にないわけではありません。

でも、それを言い出したら、「援助的専門職」という存在そのものがむしろ害悪や副作用しかもたらさないという極論を招き寄せる気がしますので。

ただ、こと心理療法を学ぶことに関しては、私の中でも、

「そこまで好きになって、えぐるように、あるいは果てしなくおもちゃにしていじりまくるところまで探求する気にれない人に、何を言っても仕方ないな」

という心境の方が強くなってきたかもしれませんね(^^)

心理療法の折衷とか統合とかだって、色々自発的に興味を持った挙句に、「自然とその人の中で生じる消化プロセス」にすぎないことかとも思います。

ピュアリーさんが、以前ある場で、私のことを、

「(心理療法諸流派を学ぶスタンスの上で)バランスのいい人」

と言ってださったことを私は忘れられません。

しかしそれもまた、私が、「興味を持ったら何でも口に入れてみる」口唇期的快楽に今も溺れる、「何でも食べられる」雑食性の生き物だからに過ぎないこととも感じています(^^)
2009/04/22(水) 04:41 | URL | こういちろう # BXy/Vbyc [ 編集する]

嫌いなことを無理にやるのは不経済ですよね・・・でも無意識くんの操作でそうなってしまっている人は多いですよね。わたしも嫌なことをやってしまうほうが得意です(涙)。
だから好きなことを自覚していて追求できる人は専念するのが社会貢献って感じがしますー。
大企業で働く人って結構業務内容が変わる異動とかあるから大変だなーと傍で見て思います。

>こういちろうさん
はじめまして
おっしゃっていることを心理療法を受けることに重ねて考えてしまいました。身に付けちゃったやり方で上手く回ってる場合はいいんですが、躓いた時は「視点をころっと変えないといかんチャンス」と思います。そんな時ころっと変えるのを手伝ってくれる専門職の方が居る。
そしておっしゃる文中にありますが「その気にならない人に何言っても仕方が無いな」というのも分かります。こういちろうさんは治療者側で「学び」のことをおっしゃっていて、私は心理療法を受けることに重ね合わせているのでちょっとズレもあるかもしれませんが、受けるのも向き不向きとか運があると思います。向き不向きは、○○療法か□□療法か もそうだけど、心理療法受けること×実人生で折り合い付くキッカケを待つこと とかです。運ははじめに自分に合う○○療法や医師に出会うこと、何故かモチベーションがあることなど。。。
だから浅く広くって話ではなく、横断的なスタンスで居てくださることはありがたいことです。どこのつながりがひっかかるか分かりませんから
で、みなさん専門の好きな領域を追求していてくだされば、つながりにひっかかって、そっちに行って、そこでなんとかなるかもしれません。(心理士じゃないからって理想を押し付けてごめんなさい!)

最近心理療法を中断することについて考えてたのでこんな話になりました。

あと、よく「カウンセリングを受けたいんだけどどうすればいいの?」って聞かれるからです。それはいくら心理的な問題と折り合い付けた人が周りにいる私でも、怖くて答えられません。それは運だよ、としか言えない^^;

2009/04/23(木) 00:14 | URL | あづみ # ./qA1Ad6 [ 編集する]

>あづみさん

直接やり取りさせていただくのははじめてですよね。よろしくお願いいたします(^^)

>心理療法受けること×実人生で折り合い付くキッカケを待つこと とかです。

この表現、面白く感じました。

カウンセラーの仕事として、教科書的に言えば(ここでは私のキャリアが一番厚い大学学生相談領域での用語に偏するかもしれませんが)、次の通りです:


●ガイダンス・情報提供

例えば、医者、消費者センター、弁護士、女性センター、就職センター、ハローワーク、職業技能学習センターなどをはじめとする内部・外部機関への紹介のことです。


●アセスメント(見立て)

単なる心理テストの評定のことではなくて、クライエントさんの置かれた状況や行き詰まり、病理水準、対人関係の悪循環パターン等について具体的に分析し、これからカウンセラーとしてどのようにお役に立てる可能性があるのかを具体的にクライエントさんに示唆し、提案する過程のことです。


●コンサルテーション

クライエントさん(正確には、あたかも問題の中心にあるかに見える「見なしクライエントさん」)ご本人ではなくて、職場の上司やご家族、友人、ゼミ担当教員などからの相談に応じることです。

 当然この場合、個人情報保護の問題が非常にデリケートになります。

 また、そうやってコンサルテーションをお受けになりに来られた方が、次のステップで今度はカウンセリング的相互作用の「主体」=クライエントへと変容する可能性への対処スキルもカウンセラーに必要です。


●広報・啓蒙活動

例えば、こうやって私がピュアリーさんのサイトで書き込むことですら、カウンセラーの社会的役割としての、非公式な広報活動(単に私の開業機関や私の拠って立つ流派の宣伝なんていうちまちました次元でのことにとどまらず、もっと広汎な意味)をしている主体であるという認識が必要でしょう。


●カウンセリング・心理療法

ここでも、現場臨床における、受容と傾聴中心の、比較的ユニバーサルでベーシックな、「まずはじっくりお話をうかがうこと」中心のスタンスと、ある特定の(複数の場合もあり)心理的療法的アプローチをインテンシブに活用することをクライエントさんと同意した上でのスタンスとの区分は可能だし、当然その「中間型」的スタンスもあることになります。


●スーパービジョン・教育カウンセリング・臨床家のための研修(学ぶ側/教える側)

これは一般のクライエントさんの目に直接目に触れにくい領域でしょうけど、敢えて重要な「業務」であるという言い方をしてみたいのが私の認識です。


●現実適応のための直接サポート

ここには、狭義の「ケースワーク」のみならず、家庭教師をしたり、極端な場合には、「クライエントさんの働き口を世話する」活動も含めたいと思います

(村瀬嘉代子先生が、ある事例で、クライエントさんがお店を開くまでのお手伝いを具体的になさったことがある、という事実は、カウンセラーの間ではいわば「伝説的」かと思います)


 一人のカウンセラーに、こうした様々な機能が「あリ得る」こと、そしてそれらのすべてを柔軟に使いこなせる必要はもちろんないけれども、恐らくそうした「機能の使い分けをしている」専門家としての自分を対象化し、俯瞰する能力だけは必要かと思います。

(この点、ピュアリーさんにも振っておきましょう ^^)

 このようにとらえてみると、あづみさんのいう、クライエントの立場からみての

>心理療法受けること×実人生で折り合い付くキッカケを待つこと

のブレンドの問題を、

狭義のカウンセリングを行なうこと×クライエントさんが実人生と折り合うためのきっかけを提供する(提案する)こと

というふうに、カウンサラーサイドから読み替えて位置づけることになり、あづみさんのようなクライエントの皆さんから見て、

「私はカウンセラーをどのような次元で『利用』したいのか」

を再点検するチャートを提供したつもりですが、いかがでしょうか?

(このノリは、すでにカウンセラーというより「コンサルタント」のノリですね ^^;)


 上記の部分で、敢えて、カウンセラーの『利用』という言葉に含みを持たせてみました ^^;

 ・・・・そこまで行かなくても、「依頼人=クライアント」として、カウンセラーを「雇う(employ)」という視点をお持ちになる方が増えればいいな・・・・とは、常々思っています。

2009/04/23(木) 15:19 | URL | こういちろう # BXy/Vbyc [ 編集する]

>こういちろうさん

ご丁寧なお返事ありがとうございます^^

カウンセラーさんのお仕事、列記してくださって思ったことは、やっぱりちゃんと最初にコンセンサスをとるような過程があるんだなーってことです。(私は身に覚えが無いんですが(笑))

>・・・・そこまで行かなくても、「依頼人=クライアント」として、カウンセラーを「雇う(employ)」という視点をお持ちになる方が増えればいいな・・・・とは、常々思っています。

これにも繋がりませんしね。

私はもうバタバタしてたのはだいぶ前なので、今はカウンセラーショッピングを経て^^;そういう視点がやっと分かってきました。医療もそうですよね。それで、あーあれは無駄したかもとか、失敗だったかもとか、グジグジ思い返したり^^;

ただ、最初からそういう視点を持てることってなかなか無いですよね。それが持てていたら、きっと既に自分に対してもニュートラルな視点をお持ちでいらっしゃる。

何が行われるのかということが、もっと広まると良いなと思うんです。
どんなカウンセラーがいいの?どこ行けばいいの?と聞かれても、これらに対する答えは私の中にはボンヤリあるけど、それを人には言えないから・・・

でも、需要は、辛い時に「カウンセリング」というワード自体がぱっと浮かばない方々の所に、たくさんあるんでしょうけど。

再点検チャート、とても分かりやすいです。これが数年前にあったらな・・・私も久しぶりに再点検してみます。ありがとうございます!

●現実適応のための直接サポート
で、いい人を紹介してくれること、が一番じゃないでしょうか^^(冗談です!)

余談
向き不向きのお話なのですが、私はクライアントになる前から文学的な読み方ですが精神分析の本を読んだりしていたこともあり、漠然と「私なんて感情抑圧系だし、精神分析的に頭を整理するのが向いてる」と勝手にイメージで思っていたのですが、受ける側もそういうふうにこだわってはいけないな、なんて思いました。それは治療者にガイドしてもらったほうがいいのでしょうけど。(そういうことが行われるのなら)
2009/04/24(金) 00:29 | URL | あづみ # ./qA1Ad6 [ 編集する]

お二人のやりとりを読んでいて、連想したことを書きます。一つ一つにレスするとまたたくさんになってしまいそうなので(^^ゞ

好き-嫌いでいうと、こういう心理臨床家や臨床心理士をやっている人間って、僕の知っている限り、ほとんどこの仕事が「好き」ってことです。ほぼ100%かもしれないって思います。嫌々やっている人をみたことがありません。

もちろん、時々によってはストレスや疲労を溜めたり、イヤになったり、辞めたくなったりする時もあります。そして、本当にイヤになったときには惰性で続けるよりキッパリと辞めてしまう人が多い。

これって普通の企業や会社などに勤めている人と全く異質に思います。

会社でうつになって復職する際などの支援をしたりすることも僕は多いのですけど、仕事を嫌々でもし続ける人が多く、その続けることのモチベーションは仕事への興味というよりも、収入や生活のため、といったものが多いように思います。


そして、こういちろうさんが挙げてくれたカウンセラーとしての仕事リストは確かにその通りで、社会的にも職場的にも要請されることが多いところだと思います。

で、何となく今まで働いてきて、職場から求められるのは、何でもできるジェネラリスト・何でも屋的な役割が多いです。ある程度オールマイティにこなせることは大切だし、それが自分自身の力量の深さや幅を広げてくれるものだとは思いますが、どれも中途半端になるようにも思います。

(色んなものを知っているからこそ、一つのものの深みを知り、深めていけるというのも分からないでもないのですが。)

僕はどちらかというと何かたった一つのことをスペシャリストになりたい思ってて、全く汎用性や応用力や柔軟性がなく、一つのものに固執し続ける道というものを歩んでみたい。ジェネラリスト的心理臨床家は日本にはたくさんいてるので(というかほとんどすべてがそうみたいだけど)、僕は敢えてスペシャリスト的心理臨床家になりたいと思っています。といっても、今の仕事の上ではそれは許されないのが残念なのですが・・・
2009/04/24(金) 09:53 | URL | ピュアリー # 6fwIY24o [ 編集する]

>ピュアリーさん

でもピュアリーさんは開業カウンセラーを目指すと敢えて公言されている以上は、ゼネラリストでありかつスペシャリストという見果てぬ夢を是非追い続けていただきたいと切に祈ります(^^)

開業まで突き抜けてしまえば、「開業で一流」を目指す限り、否応なしにこの矛盾の止揚に向けて駆り立てられ続け、そのときそのときバイアスがかかり、試行錯誤の中でジグザグを描きながらも、その人なりの境地に近づいていていくかと思います(^^)

私もその道半ばにある者に過ぎないという自戒を込めて。

「なればいいのよ、あなたがなりたかったような、そういうカウンセラーに」(爆)
2009/04/24(金) 20:33 | URL | こういちろう # BXy/Vbyc [ 編集する]

>ピュアリーさん

普通の企業や会社で、精神的な安全策として正社員になることを頑に避けている私ですが、ピュアリーさんのおっしゃっていることとても良く分かります。
嫌々やっていることに鬱になるまで気付かないこともありますね・・・

○○歳だから貯金はこれくらい、収入はこれくらいないと、そろそろ結婚しないと、会社をすぐに辞めるのはだめだ、親は大切にしなければならない、上司の言うことは聞かなければ、出世しなきゃ、人に甘えちゃダメだ・・・そういう共同幻想とか正論は時に人を苦しめますね。

で、昔よりそういうものが少しは崩れてますから、正直な自分に気付いたり、価値観が変わってバランスを崩したりするのでしょうね。中途半端な洗脳というか、まだ「正しさ」に囚われる部分があるから。

そんな世の中でやっぱり一番の社会適応は、自分の好きなことを自覚している人なんじゃないかなって、ちょっと羨望のまなざしで見ております。社会貢献だーと。

でも、「好きなことを見つけてそれを仕事にできたらいいな」と思ってしまうと、これまたひとつの強迫となってしまうのですよね。

自我が無いというか、何かよく分からない、そういう中で「好きなこと」について考えるにつけ、「ただ日々生きる」ことに適応する術をのんびり模索しています^^;

(一人)何が食べたいのかな→下手すると食べない

(他人)このパンおいしそうだねー
(自分)そうだねー

やっぱりネックは「人」なのか・・・
(ラカンが他者の欲望とか言っていたのか、昔どこかで見たけど忘れました)


職業選択はアイデンティティーを形作る重要な要素だし、それが無意識的な反復とおっしゃるところは、とてもズシンときます。私は反復と言えば辛いイメージなので^^;

専門的なことは分からないけれど、ピュアリーさんはスペシャリストになりたいというのは、好きというのもあるでしょうが単なる職業選択を越えた、人生をかけて何かを完了するとても熱い想いなのかなって感じました^^
2009/04/26(日) 00:01 | URL | あづみ # ./qA1Ad6 [ 編集する]

>こういちろうさん

そうなんですよね、開業をすると、いろんなことをしなければならないジェネラリストであることが必要だということはよく聞きます。実際に開業を自分でしたことはないので、リアルには分からないんですけど。

こうなると、開業をすることとスペシャリストであることの矛盾をどのように折り合っていくか、統合していくか、難しいところです。

フロイトの時代のように分析だけをするプライベートプラクティスができれば良いんですけど(^-^;A

>あづみさん

確かに「こうあらねばならない」という社会や家族からの押し付けはあるかもしれませんね。不登校の子が「学校に行きたい」と言うけど、ある部分ではそういう共同幻想を取り入れて、「学校に行きたいと思わされている」というのはあるかもしれません。

極端なことを言うと、「好きなことをする」というのも、両親や社会から取り入れた何かを好きだと思い込んでいるということかもしれません。

ラカンでいうと、主体とは何か?なんて問いも出てきそうです(^-^;A
2009/04/28(火) 00:45 | URL | ピュアリー # 6fwIY24o [ 編集する]

>ピュアリーさん

そうですねー。回復というよりは、覚醒していたところをまた魔法にかけられる、という感じかもしれません。
もしくは魔法だと知ってしまったけど、魔法にかかることを再度選ぶ、とか。

そう皆が容易くおなじような魔法にはかからないですね。


私は精神分析とやらを初めて知ったのはフロイトより先にラカンなんですが、その時の衝撃ったらなかったです、私のように自己同一性が貫けないフニャフニャでもいいんだ~みたいな勝手な解釈と諦めです^^
でも言語学の勉強の中で出会ったので、しばらくの間、精神分析に心理療法の側面があることをあまり認識していませんでした。

しかもラカンなんて本読んでも難しいので^^;

ただ、時代とか世代でくくるのも安直で嫌ですが、そういう自己イメージが漠然とした、虚無的な人たちって多いと思うのですが、そういう人にとってはラカンの言ってることはきっと意味を持つのだろうなーと。(実感ありきでまだ論じられないので出直してきます!)ただその地点からどう折り合いをつけるかと言えば、人間関係かなと思うのですけどね。


話が逸れましたが、好き/嫌いも、なぜ自分がそういう判断をするのか(したのか)って考えると、おもしろいですね。

ま、生きてる以上、「トイレに行く」「水を飲む」という選択、

そして、「ピュアリーさんのホームページに来て書き込む」という選択、
あれ、ちゃんと選択してる!!

2009/04/29(水) 00:02 | URL | あづみ # ./qA1Ad6 [ 編集する]

ラカンは僕はほとんど知らないからね~。でも、何となくだけど、ラカンは哲学的・思想的な側面がとても強く、広い枠での人間というものを考えるときに有効なのかなって思う。

反面、ちょっと臨床からは離れてしまってて、実践の中で使える概念がそこまで多くなくて、僕なんかからするとちょっと物足りない感じ。

しかし、選択というのは主体的に見えて、実は何かにコントロールされているというのはあるかもしれなく、でも、それを考えすぎると、主体とは何かが分からなくなる。

どこは果てなのか分からないけど、そういうのを知っていく過程が精神分析なのかもしれない。ビオンでいうところのKを目指すということかな。
2009/04/30(木) 22:56 | URL | ピュアリー # 6fwIY24o [ 編集する]

私は思想的な側面から入るほうが入りやすいので、精神分析の中でラカンがどういうモノなのかは正直あまり分からないです(笑
とりあえず食べて、材料が何だったか確認する派で。

>そういうのを知っていく過程が
「過程が」って言葉好きです。

思想も哲学も政治も「過程が」ってのが足りない気がする。その点もしそうなら精神分析は優しいです。(反面ブラックホールだったとしても)
2009/05/01(金) 00:43 | URL | あづみ # ./qA1Ad6 [ 編集する]

ラカンにはまるとラカンにとりつかれてしまうようです(笑)

どこかで見たけど、ラカン病という病気があって、それに罹患すると、「自分だけがラカンを分かっている。他の奴らはラカンを分かってない。ラカン以外の分析も屑」という強迫観念に駆られてしまうそうです(笑)

>「過程が」って言葉好きです。

1回1回の面接の細部ももちろん大事ですけど、それよりも繰り返し繰り返し面接し続けるという過程にこそ、本質的な営みがあるように僕は思いますね。
2009/05/01(金) 09:55 | URL | ピュアリー # 6fwIY24o [ 編集する]

>1回1回の面接の細部ももちろん大事ですけど、それよりも繰り返し繰り返し面接し続けるという過程にこそ、本質的な営みがあるように僕は思いますね。

激しく同意!!(古い^^;)

2009/05/06(水) 13:40 | URL | こういちろう # BXy/Vbyc [ 編集する]

同意してくれて嬉しいです♪(笑)
2009/05/06(水) 19:46 | URL | ピュアリー # 6fwIY24o [ 編集する]

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カウンセラーの仕事として、単に「カウンセリング」や「心理療法」をすることの専門家
2009/04/23(木) 15:46:51 | 久留米フォーカシング・カウンセリングルーム
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