発展途上臨床さいころじすとの航跡blog版 トラウマの医療人類学(精神分析 臨床心理 心理療法)
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 トラウマという言葉は最近では市民権を得て、日常的に使われるまでになってきた。また日々の臨床の中でも患者さんが自らトラウマを受けた、トラウマを持っている、と話すことも稀ではない。しかし、トラウマとは一体何なのか?ということはまだ学問的にも臨床的にも曖昧で、定式化したものはほとんどない状態である。本書はそのようなトラウマを社会的な文脈の中でどのように位置付けられ、機能しているのかということを論じている。

 トラウマはどのような状況でも起こりうるが、本書では主に犯罪・暴力・事件といった文脈の中でのものを扱っている。特に女性への暴力という点が大きなポイントになっており、その箇所については危機迫る迫力を感じるぐらいである。被害女性のトラウマについてどのように理解し、扱うのかはとても大きな問題で、「気持ちの持ちよう」とか「あなたも悪い」といった対応が昔はよくなされており、それが如何に二次被害を引き起こすのかは論をまたない。しかし、反対に単に優しく接するとか、理解したつもりの顔で接することをも二次被害になるという現象を浮き彫りにさせており、単純にこうすれば良いといった話ではないことが強調されている。

 このような状況の中で、どうすれば良いのかといった答えが一つ明確にあるわけではないことは当然である。安易な答えを求めることは無意味だが、しかし、治療者としてどのようにしても被害者を傷つけてしまうという無力感は強く、何もできず、身動きが取れないという絶望感に、本書を読んでいると陥ってしまう。逆転移から理解すると、この無力感や身動きのとれなさはまさに被害者の体験そのものであると言えるのだが、本書のインパクトある口調を前にすると、その逆転移理解すらも薄っぺらく、情緒を排除するための知性化にしか思えなくなってしまう。

 また、この状況で治療者として被害者に関わることが、一見すると治療だが、実はそれが暴力的に作用するということもまたあるのかもしれない。というのも、どういう治療を行うのかにもよるが、基本的に治療は侵襲的なものである。単に癒しがあるとか、すべて丸く収まるものであると楽観的に言うことはできない。このような中で治療すること自体がトラウマの再演になる可能性は大いにある。被害者も意識的に傷つくために行動しようということはないだろうが、無意識的にトラウマを反復したり、罰を進んで受けようとすることがある。これらのことを見ると、フロイトの死の本能を連想してしまうこともある。しかし、反対に反復することは、それを乗り越えようとする動機であるとも言うことができ、健康さのあらわれだと理解することもできるかもしれない。このような中で、反復することはダメとか、侵襲的にしないようにと考えるのではなく、そのような状況が治療の中で起こっているのはどういうことなのかという意味について考え続ける必要があるかもしれない。さらに国同士の紛争の話が本書の最初にあり、そこではどちらが加害者でどちらが被害者であるのかの境界はないに等しいという主旨のことが書かれていた。それからすると、トラウマ治療をすること自体が、単に救済する・癒す・治す・助けるといった単純なものとして理解することができず、治療者自身が加害者になりうることもあるだろう。もしくは、そこまでいかなくても治療者の加害者性ということについて十分に理解しておく必要はあるだろう。

 話は変わるが、トラウマによってPTSDになる要因は何なのか?という論争はまだ決着はついていないが、ある程度の方向性が最近は出されている。昔は外傷的な体験が一番重要であるとされていたが、最近では個人的な素質が重要であるという研究結果が多く出されているようである。その為、脆弱性を焦点にしたアプローチも考案されているようである。それからすると、本書はどちらかというとトラウマに焦点をあてているので、少々最近の研究からすると違う方向性となってしまう。しかし、それでも、本書のインパクトある語り口調や論理的展開をみると、簡単にトラウマは関係ないと言うことは難しい。

 本書を読んでいるとトラウマ治療が単純に医療の中で語られることが如何に危険で、文化や社会的な文脈の中で捉えなおすことが大変重要であるということを教えてくれているように思う。


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