発展途上臨床さいころじすとの航跡blog版 解決のための面接技法(精神分析 臨床心理 心理療法)
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 ブリーフセラピーの中に位置付けられる比較的新しい心理療法の技法です。本書では従来の心理療法は問題志向的であり、問題解決には向いてないとし、問題そのものを焦点とせず、解決だけを焦点とするのがこのソリューション・フォーカスト・アプローチ(以後SFA)であるとしています。その具体例として第1章で問題志向的アプローチとSFAを比較して、SFAの方がうまく進んでいますよ、というケースを紹介しています。それはそれで分かるような気がしますが、問題志向的アプローチを行っているのは研修を積んでいない学生であり、SFAを行っているのはSFAに長けた臨床家なので、単純に比較してSFAの方が良いとするのはちょっと乱暴かなと思いました。

 また、本書のあちらこちらで、問題をそのものを焦点にしても心理療法は進まないという実例やお話が出ているのですが、それは単に問題志向のやり方(例えば精神分析など)が下手だからじゃないかなって思ったりもしました。僕の経験上、解決志向的なことをしなくても、本書で書かれたような散々なことにはならないようにも思います。

 ただ、下手だからダメということはあまり思っておらず、下手だからこそ、それを補うように新しいやり方や理論を作り上げることができるのだろうと思います。たとえば、フロイトははじめ催眠から臨床を出発させましたが、催眠の方法がかなり下手だったのではないかと言われており、それを補うように精神分析という新しい方法を作っていきました。同様に、ロジャースも初めは精神分析のトレーニングを受けており、その後に来談者中心療法を作りました。その転換点をドラマチックに描写している論文もありますが、ようは精神分析が下手だったから、新しいやり方として来談者中心療法を創設したのかなと思います。だからといって、新しく作っていくものに価値がないとは言いません。こうやって心理療法の発展があるのだろうと思います。とすると、下手というのはオリジナリティを作っていくために必要不可欠なものなのでしょうね。上手いとそのままやっていくので発展がない。そう思うと日々自信のない僕なんかは希望を抱くことができそうです(笑)

 本書に戻りますが、SFAのやり方の場合、初回からバシバシ介入していくことをよくするみたいです。というのも、SFAでは従来の方法よりも、見立てということはあまり重視していないことが影響しているのでしょう。そしてそれらのことについても本書では説明がなされていましたが、しかし、やはり僕には見立てをあまりしないということが、どうしても危なっかしく思えます。というのも、患者は色々な悩みや辛さで来談されますが、そこには器質的問題が隠されていることがあります。脳腫瘍やホルモン異常などで、心理的症状が出てくることはよくありますし、その症状が現実的ストレスから来ていると勘違いしてしまうこともあります。そういう時に初回からいきなり解決だけを念頭において介入していくと手遅れになりそうな気もします。その他にも統合失調症などが見えない形で進行していることもあります。そういう時には解決云々も必要かもしれませんが、まずは薬物などが必要になってきます。

 なんだか批判ばかりになってきたので、良いところの方にも目を向けてみたいと思います。本書で紹介されているケースは、事件被害者や貧困、DV、虐待、金銭問題などどちらかというと現実的問題で来談したケースが多いように思います。このようなケースに対して、たとえば精神分析のように内省を促していくような心理療法は全く不適応だと思いますし、そういう時にはSFAのようなやり方で、個人に目を向けるのではなく、現実問題をどのように対処して行けば良いのかを考えることの方が重要だと思います。そのあたりはSFAが得意とするのだろうと思います。

 さらに、最近(といっても、僕もそんなに昔のことを知っているベテランではないけど)は、問題を外在化し、自分のこととして引き受けない患者が多いように思います。「あの上司が悪いからこうなった」「親が理解してくれない」「友達がこっちを巻き込んでくる」と言ったように、外に問題があり、それさえ無くなればすべて丸く収まる、と考えて来談する人が多いのです。こういう時に内省を求めるような心理療法はあまり効果がありません。そんな時にはSFAのやり方は有効かもしれません。

 僕は基本的に精神分析をオリエンテーションとしていますが、なかなか精神分析的な設定に乗れる患者さんはいません。20人いたら1人いるかいないかでしょう。そういう時、一人の人に対しては精神分析的な設定を構造化しますが、残りの19人はSFAほどしっかりしたものではないのですが、ブリーフセラピー的な心理療法で対応しています。あとはCBT的なことでサポートしたり。いうなれば、僕の仕事のうち、精神分析の占める割合は5%以下です(笑)

 また話が脱線しましたが、本書ではSFAをシステマティックに学べるような配慮が施されており、ビデオテープなどの視覚教材を用いて本書を読むと理解がさらに進むようです。また、最後の付録では、面接の中で使う質問項目などがマニュアル的に一覧としてまとめてあり、それを参考にすることも可能なようです。とりあえず暗記なのでしょうか。もちろん、臨床は生ものなので、その時その時で臨機応変に対応しないといけないとは思いますが。


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コメント
この記事へのコメント
いくつかコメントを:)

>解決指向・問題指向
僕も”問題をそのものを焦点にしても心理療法は進まない”という議論の展開の仕方は、分析プロパーの自分にはしっくりこないですね。分析は”問題”にとどまり続けようとする患者さんの力動に目を向けているので、どれくらいのペースで進むかはその患者さん次第。

solution focusとかproblem focusというのはあくまでもsolution focus oriented therapyからの表現の仕方で、僕からすると、solution focusは、治療をセラピストのペースで進めていくものだとも言えるような気がします。

solution focus = therapist focus
problem focus = patient focus

のような。

>診断面接
ピュアリーさんの診断のポイントは、精神医学ベースなですかね。自我心理学が医者の中で発達してきた事を考えると、不思議ではないかな。以前、ある自我心理学派の分析家が同じようなことを言っていたのを思い出しました。

しかし、心理学畑からの分析家が、どうやってホルモン異常のような目に見えない疾患を見極めることができるのか、そもそもその診断が必要なのかと、やや疑問に思うんですよね。

身体的・器質的な病理を軽視しているというのではないのですが、僕は患者が身体の不調を訴えてきたときに、診断も含めて身体の専門医に任せる方がより安全なのではないかと思うんですよね。特に統合失調症は僕の専門なので、それだけで治療を引き受けないということはないです。

むしろ、最初の診断面接で注目すべきことは、分析に適しているか否かという判断よりは、その患者さんがどれくらいの距離を必要としているか、どういうコンタクトを望み、どういうものを拒絶するのか、といった、今後の関わり方の指針となるようなものかと思うんですよね。

事件被害者や貧困、DV、虐待、金銭問題といったものも同じで、もし身の危険があり、「シェルター」が必要だといわれれば、(分析家はシェルターではないので)身の安全を保護するために、そういった場所について話すことはあっても、心理療法を求めているのであれば、精神分析を行います。solution focusが”より”適しているとは思わないんですよね。

分析は最初に書いたように、患者さんの抵抗に取り組む心理療法なので、精神分析的な設定に乗れない患者さんというのは、分析的にはとても興味深いかもしれませんよ。分析に乗れない=陰性転移の現れと捉えると、これこそクラインらが取り組んできた分析なので、特にピュアリーさんには興味深いかと思います:)
2008/10/25(土) 08:20 | URL | Hans # g6vs/Cb2 [ 編集する]

> solution focus = therapist focus

これは、SFAに関してよくある誤解ですね。
名称から受ける誤解でもあるし、SFAをやってる人にもある誤解。
SFAでは「not-knowingの態度」というのがセットになっていて、
セラピストが「解決」を与えることはありません。
だって、何が起こるべきか、セラピストは知らないのだから。

セラピストがクライエントから「解決」について教えてもらう。
そうした関係性を作り上げることで、その場がセラピューティックになる技法です。
そもそも「実際の解決」や「目標達成」には関心が無い。
(日本でSFAをやってる人たちには、ここに誤解があると思う)

> そんな時にはSFAのやり方は有効かもしれません。

ピュアリーさんのこの理解は、本を飛ばし読みしたのかな?
Visitor、Complainant、Customerに分けて対処策を変えるのは、
まさに「問題を外在化し、自分のこととして引き受けない」場合には
SFAが使えないからです。

そうした場合は、そのクラエントに合わせ、自尊心や観察課題に焦点を当てる。
アプローチが「いまここ」に向けられます。
そうした土壌を耕す作業を経て、
解決イメージの中にそのクライエント自身が関与する準備ができてきて、
初めてSFAの技法に移行していきます。

SFAが、分析志向の立場にとって特に役立つのは、
セラピストが自分自身に使うときじゃないかと思っています。
というか、僕自身がやってることだけどね。
「このケースは、終結の回のとき、どんなことを話してるだろう?」と
初回面接の段階でイメージしてみる。
何のことはない。
「見通し」と呼ばれていることを、より意識的に行う。
それにはSFAの手順が有効だと思います。

2008/10/25(土) 19:49 | URL | ぽっき # mQop/nM. [ 編集する]

solution focus=therapist focusという僕の言葉の選び方がまずかったですね。言いたかったことは「抵抗」の取り扱い方の違いです(「分析を“resistance focus”とした方がより適切」といった方が良かったかな)。

”SFAではセラピストが「解決」してくれる”、とは思っていないのですが、「解決しましょう」という態度自体が治療的であると同時にセラピスト主導型になる印象があるんですよね。「not-knowingの態度」という態度を取っていても、「実際の解決」や「目標達成」には関心が無くても、前提として「解決する」という方向性をセラピストが積極的に作ることになる。

そこに治療的な関係ができるということも面白いと思いますし、それが悪いとも思わないのですが、セラピー内での話の方向性が決まっているという点で分析治療と比べると、セラピスト主導という雰囲気が強い。ま、これはSFAだけではなくて、他の短期療法にも言える要素だと思うのですが、患者を抱える環境の作り方が違うんでしょうね。抵抗できるような形で関係を展開していく分析と、抵抗をひとまず脇において、「解決」という現実的目標をより強調することで関係を発展していくSFA。この治療機序の違いを分析は「問題志向だから解決しない」という流れで語られるとやっぱりしっくりこないですよね。
2008/10/26(日) 19:51 | URL | Hans # g6vs/Cb2 [ 編集する]

> 「抵抗」の取り扱い方の違いです

ええ、それなら僕も同意です。
抵抗の持つ豊かさを、システム療法系の人たちは回避している。
それはもったいないことだと思います。

まあ外的には、訴訟されることを恐れてるのかなと思います。
アメリカは怖そうだからなあ。
抵抗を外に持ち出され裁判沙汰になると、小さな施設では負担がキツそう。

あとシステム療法内の事情では、ミルトン・エリクソンでしょうね。
ヘイリーが「でも、家族の抵抗を受けたりするじゃないですか」と尋ねたとき
エリクソンは「それは、君に、抵抗があるのじゃないかい?」と答えた。
これは見事なスーパーバイズだと思うけど、
このエピソードが一人歩きし、「抵抗」の教条になってるんですよね。
「システム療法では抵抗は起こらない」と。

エリクソンという「父」に抵抗できない子どもたち。

2008/10/27(月) 00:16 | URL | ぽっき # mQop/nM. [ 編集する]

>抵抗の持つ豊かさ

全くその通りですね。抵抗は多くの治療の可能性を秘めた豊かな土壌という感じがしますね。精神分析以外のほとんどの精神療法が抵抗(転移とか無意識とか)を排してきましたからね。

>抵抗としての訴訟

アメリカでは、この辺りの治療機序を考慮して、非分析のカウンセラー用の倫理規定と精神分析家用の倫理規定が異なるんですよね。

やや話題がズレますが、個人的に見聞きしている中で、危ういなと思うのは、精神分析の理論や技法を、他のカウンセリング技法と同じような感覚で使っている場合ですね。解釈や知識的な事が先行してしまって、情緒的な抵抗を取り扱えない。解釈などが抵抗の解決に向けて行われるという基本がどこかに行ってしまっている場合、なにか、こう中途半端さがあって、訴えられるかどうかは別としても、治療としての危うさというか不安定さを感じてしまいます。
2008/10/27(月) 01:39 | URL | Hans # g6vs/Cb2 [ 編集する]

> 抵抗は多くの治療の可能性を秘めた豊かな土壌

ええ、これはダウンジングと同じで「ここに水脈がある」って信号ですから。
そこには何もないのではなく、何か「宝」が埋まっている。
大きな力を秘めている場所だから、その重力場が歪むようなものかな。
そしてそれは「その人らしさ」に関わる場所。

「抵抗」を避けてしまうと、人間観が条件反射や自己暗示になってしまう。
条件反射を別の条件反射に置き換えるのも、自己暗示を置き換えるのも、
なんだか、人間の見方としては貧困なんですよね。
その人の「生きているところ」に手が届いていない。
条件反射や自己暗示に振り回される「ボタン操作の機械」ではなく、
むしろ、それらを使いこなしていく「主体としての人間」。
そうした「主体」が生み出される最初の一歩が「抵抗」なのだと思ってます。

> 精神分析家用の倫理規定

どうして、そうした倫理規定を心理療法全般に適用しないんでしょうね。
心理療法の発展を阻害してしまうだけのような。

> 解釈などが抵抗の解決に向けて行われるという基本

それは思いますね。
それは折衷派だけでなく、分析志向を看板にしている人でも危ういです。

2008/10/27(月) 22:40 | URL | ぽっき # mQop/nM. [ 編集する]

でもある意味、抵抗を意図的に見えないようにしてるのも「抵抗」だったりして。何かそういうのあったよね?
人間って複雑ですね。はぅ・・・。 ε=(´。` )。

精神分析ってまだよく分からないけれど(でも、一番興味のある分野です)やってる人がそこに固執しがちなのは確かに危ないと思います。
唯一絶対神的そうな感じがするし(しかも、フロイトが嫌いな・笑)
でも、他の理論との共通項などを考えてみるのは、視野が広がりそうで面白そうですね。
2008/10/27(月) 23:10 | URL | ゆみっちょん♪ # I.K6Pi7I [ 編集する]

> ゆみっちょん♪さん

日本には「イヤよイヤよも好きのうち」という諺があって(笑。
「抵抗」というのは、セラピストとの関係性の中で
「今、あなたになら言える」ということが無意識から出てこようとする現象。
それが意識からの反作用を受けて「抵抗」という形を取ることだから。

もしセラピストにも気づかないようなものなら、扱わなくても良いし、
ただの否認や抑圧なら、それは「抵抗」とは呼べない。
気づかなくても、いずれ気づかれるような形で顔を覗かせてくる。
セラピスト宛のメッセージという側面が「抵抗」にあります。

2008/10/28(火) 00:22 | URL | ぽっき # mQop/nM. [ 編集する]

> 日本には「イヤよイヤよも好きのうち」という諺があって(笑。

あらあら、それってめっちゃ自己暗示的じゃ無いですか。
単に(((p(>o<)q)))いやぁぁぁ!!! って言うのもあるのに(笑)
ただ、もしかしたら精神分析とかの技法自体が自己暗示的だったりするかも?って思いました。
「この枠で見よう」って言う暗示みたいなやつ。もちろん、「抵抗は見える」って言うのも。
なんか、治療者のほうが焦ったり、期待したりしないかしら、、、。

> ただの否認や抑圧なら、それは「抵抗」とは呼べない。

あ、そうか。それだと「防衛」になっちゃいますよね。
あと、たとえ脊髄で考えていたとしても(笑)毎回同じパターンの繰り返しなのではなくて、一回一回、その関係性の中ではオリジナルの反応なんだと思うんだけどな。。。
2008/10/28(火) 18:37 | URL | ゆみっちょん♪ # I.K6Pi7I [ 編集する]

分析系のひと、とか
SFAのひと、とか

ついマスで語ってしまいがちだけど
確かにマスで語りたくなるような傾向を感じることもあるけれど
実際の臨床に目を向けると、同じ「系」でくくられる人たちでも
一人ひとり違うんだよなぁ・・・。

違う畑の人を貶すのに
その分野の下手な人を槍玉にあげて
欠点をあげつらう人はいるなぁと思う。

でも、そういう人の話を聞いていると、実際その人がある種のやり方に傷ついたり、傷ついた人をみたりした中で印象付けられたものなのかなと感じることもある。
2008/10/28(火) 19:57 | URL | 一休 # mQop/nM. [ 編集する]

ちょっと学会で台湾に行ってて、レスポンスが遅れました。すいません。

■診断

多分、ここで僕が言わんとしていたことは、器質的疾患を見抜いて、それを治療する、といったことまで含めてなかったのです。何らかの臨床症状なり、問題があった場合に、すぐに心理的な問題、現実的な問題とせず、医学的診断と治療をまずは考え、受診してもらう、ぐらいのことを考えていました。

事件被害者や貧困、DV、虐待、金銭問題についてHansさんの言うことも分かるような気もするのですが、どうもそういう現実的な問題から逃避するために心理療法に逃げ込んでいるということを考えてしまうのです。もちろん、そうした防衛を使用していることそのものを転移として扱っていく方法もあるんでしょうけど、まずはそちらを解決してから、ゆっくりと自分の問題に取り組む方がスムーズかなと思ったり。その方がお互いに負担も少なくなると思いました。

精神分析的設定に乗れない=陰性転移として扱うことも確かに興味もあるんですけど、外的構造・内的構造がしっかりとしていないと、探索的にしていったときに、不安や防衛・抵抗・転移といったものの受け皿に治療者がなっていけるのかがとても心配です。この心配が陰性逆転移と言われたら、またそれもそうなのかもしれませんが(^-^;A

■Visitor、Complainant、Customerに分けて対処策

読みましたけど、十分に理解できていないかもしれないです(笑)

図書館で借りてて、もう返してしまったので、細かくはどう書かれていたのか思い出せませんが、この

「そのクラエントに合わせ、自尊心や観察課題に焦点を当てる。アプローチがいまここに向けられます。そうした土壌を耕す作業を経て、解決イメージの中にそのクライエント自身が関与する準備」

ということそのものが僕の視点からするとSFA的なアプローチに感じました。

■抵抗

心理の人と話していると「抵抗」というと、患者が治療に協力しない、といったネガティブな表現として使われることが多いなって思います。

Hansさんやぽっきさんのように、しっかりと抵抗について自分の考えが確立はしてないのですが、抵抗というのも治療者とのコミュニケーションの一つの形態なんだろうなと思います。そういう意味では抵抗も転移として理解できるような。

だから、あまり抵抗という概念が最近は分からなくて、転移でいいじゃんか♪って思ってやってます(笑)
2008/10/28(火) 22:26 | URL | ピュアリー # 6fwIY24o [ 編集する]

> 「この枠で見よう」って言う暗示みたいなやつ。

うん、その「枠」を意識して使うか、それとも使われてしまうか、かな。
解決志向にしても、抵抗志向にしても、
「枠」に使われてしまったなら、焦るだろうと思いますよ。

それと、クライエントに「枠に入らない権利」も残しておかないと
ただの「洗脳」になっちゃう。

> ついマスで語ってしまいがちだけど

バランスを取ってくださって、ありがとうございます。

それと、「ある種のやり方に傷ついた」からではないですよ。
そう思われていると困ります。

> 転移でいいじゃんか♪って思ってやってます(笑)

転移は、何かをtransferすることだからなあ。
「抵抗」とはまた、違うでしょう。
フロイトが『精神分析療法の道』で「抵抗の発見」を分析の鍵としてるのは、
「抵抗」に自己治癒への力の源を見ているのだと思う。

2008/10/29(水) 01:08 | URL | ぽっき # mQop/nM. [ 編集する]

学会お疲れ様でした:)

>どうもそういう現実的な問題から逃避するために心理療法に逃げ込んでいるということを考えてしまうのです。

そうですね、要は患者さんが何を求めてくるかですよね。僕は、緊急を要するような現実的な問題も心理で取り扱えと言っているのではなくて、緊急を要する、現実的な調整を必要とするものは、別の場所(しかるべき専門機関)でという立場です。例えば、「今、多額の借金をしているからどうにかしたい」とか、「パートナーに暴力を振るわれているから身をかくまって欲しい」という場合は、これはうちらの仕事ではない。

でも、もし、「借金を返したいのだけれど、どうも働きに出るのが怖い」とか「パートナーと離れたいのだけれど、どうしても離れられない」という場合は、別の話。

なので、現実的・身体的問題がある場合は、最初のコンサルテーションでどれくらい外部でその調整ができているか、これからどういう予定を組むのかというのを聞いています。時にはどうそういった情報にアクセスしたらいいかとか、現実的な話をすることもあります。

それでもなお、分析を始めたいという人に対しては、そのまま仕事を引き受けますね。ま、あとは、分析か、他の療法かとなったとき、僕は分析しかトレーニングを受けていないので、それ以外の心理療法はできないというのもあるんですが。

>外的構造・内的構造がしっかりとしていないと…

外的構造というのは、治療をする場所の問題なんですかね。例えば、病院やクリニックが、分析を期待していない、特定の療法を指定されてくるという場合は、話が変わってきますね。

内的構造の方は、ある種、トレーニングの中で培われたり、職場の構造で培われていくものなので、どれくらい精神分析に精通した場所で働けるかとか、SVや同僚といったパートナーと一緒にやっていけるかというに関わってくるかもしれませんね。

うーん、いずれにせよ、治療者が『分析できない』と思う場合は行わない方がいいですね。僕にとって診断面接というのは、治療者自身がその患者さんとやっていけるかどうかの見極めをする場で、患者さんの病理を理由に断る場ではないんですね。それが外的理由であろうとなんであろうと、『今の自分にこの患者さんは難しい』と判断したら引き受けないのがいい。この文脈で、ピュアリーさんが引き受けないのであれば、僕的には納得いくところです。

>抵抗と転移

僕は、フロイディアンなので、転移は抵抗の一つという立場をとってます。なのでtransference resistanceという使い方をしますね。クラニアンになると、さらに抵抗=陰性転移(治療者をどう避けるかという問題)として扱われることになる。

ぽっきさんの「「抵抗」に自己治癒への力の源を見ている 」というのもその通りで、それゆえにオーソドックな言い方ですが、『精神分析の主な仕事は、転移抵抗の解決』になるわけです。

また、少しここの話から外れますが、mixiの方で、ピュアリーさんが、カウチを使った方が転移が早く現れると言ったのに対して、僕が「これはクラニアンの言い回しではない」と言ったのはこの辺りと関係しているんです。クラニアンにとっては最初から全て『転移』なんです。そのため、転移がある時期から現れ始めるという言い方はしないいんですね。

>あまり抵抗という概念が最近は分からなくて、転移でいいじゃんか♪って思ってやってます。

なので、こちらはクラニアン的な表現。

mixiでのコメントと重なりますが、自我心理学派とクライン学派の立場間で揺れているそんな印象を受けます(笑)(うーん、上記で内的構造の問題に触れたのはこの辺りが関係しているんですかね?)
2008/10/29(水) 02:00 | URL | Hans # g6vs/Cb2 [ 編集する]

>そう思われていると困ります。

私が「ぽっきさんがそうだ」と思っているのだとしたら困る、ということですか?

あれは私が個人的に、そう感じる人を過去に見たことがあるということで、ぽっきさんのことをそんな風には感じていませんよ。

それとも、私の発想自体がズレているということでしょうか?
2008/10/29(水) 08:57 | URL | 一休 # mQop/nM. [ 編集する]

一休さんも仰っているように、
ブラザー、貴方のことを書いてあるようには全然見えません。
どうしちゃったのかな? いつものブラザーらしくない。
それともこれは、ぽっきさんのことだから何重にも奥行きのあるメタファーだったりするんだろうか、、、( ̄へ ̄;) ウーム
2008/10/29(水) 17:41 | URL | ゆみっちょん♪ # I.K6Pi7I [ 編集する]

> 「ぽっきさんがそうだ」と思っているのだとしたら困る

そういう意味です。
だって、僕は実際に「傷ついている」から。

「なんで、このカウンセラーはこの人に合わない技法を使ったんだ?」と
面接をしてると、前のカウンセラーに対する怒りが湧くときがある。
短期療法の人であろうと、分析家の人であろうと、
クライエントに合わせず自分の「趣味」でセラピーをやっている人がいる。
ほんと、辞めてほしい。
「ひと」は、「あなた」のオモチャじゃないんだから。

でも、そういう「人格レベルでの批判」は、
表に出さずに僕をコメントを書いているつもりです。
公的な場では、ここにいる人であれ、いない人であれ、
誰かの「人格レベル」に言及するのはルール違反だと思っています。

だから暗に秘めてはいます(って、書いちゃいましたけど。汗)。
一休さんのコメントは、遡及的にそのことを表立たせるので、僕は困ります。
困るからと言って「書かないでほしい」といったことではありません。
一休さんは、一休さんの思ったことを書いたほうが良いと思う。
ただ「僕は困った」という事実は書いておきたいので、書いておきます。

2008/10/29(水) 21:40 | URL | ぽっき # mQop/nM. [ 編集する]

そうだったんですか。
とても深い意味があったのに、誤解して書いていました。
ごめんなさい。
だけれど、「その分野の下手な人を槍玉にあげて
欠点をあげつらう人」の部分と、ぽっきさんは全然結びつかないと思ったんです。あげつらっているようなことを書かれている所を、わたしは見たことがなかったので。

2008/10/29(水) 23:10 | URL | ゆみっちょん♪ # I.K6Pi7I [ 編集する]

>ぽっきさん
お返事ありがとうございます。

私のコメントは、半分は私自身のことでもあり、自戒を込めて書いたつもりでした。

「傷つき・怒り」の部分には全面的に共感です。・・・と同時に、怒りを感じる対象がしているのと同じことを、自分もしていないかと不安に思ったり、時に同様のことをしてしまったことに気づいて愕然とすることもあります。

その一つ一つを背負って、ひきうけて、やっていかねば、と思う。人に背負わせるのではなく。
ぽっきさんのいう「あなた」が自分のことのように感じられた一休でした。
2008/10/30(木) 01:10 | URL | 一休 # mQop/nM. [ 編集する]

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