発展途上臨床さいころじすとの航跡blog版 セラピーによるパーソナリティ変化の必要にして十分な条件(精神分析 臨床心理 心理療法)
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ロジャーズ選集(上)

カール=ロジャーズ(著)「ロジャーズ選集(上)」誠心書房 2001年 3990円に収録されているロジャーズの「セラピーによるパーソナリティ変化の必要にして十分な条件(1957)」という論文の感想です。

 カウンセリングや心理療法を習い始めたときには耳にタコができるぐらい言われてきた「共感」「受容」「一致」で、言葉だけは知っていたり、その言葉から連想することを実践しようとしたりはしてきたが、実際にこのことを書いている本論文を今まで読んだことがなかった。でも、実際にどのようなことが書いているのかをやはり知っておかないとダメだろうということで今回ちゃんと読んでみた。

(1)心理的な接触がある
(2)クライエントは不適応の状態にある
(3)セラピストは自己が一致している
(4)セラピストは無条件の肯定的関心を寄せている
(5)セラピストはクライエントの内的照合枠に従って共感的理解をしている
(6)3~5のセラピストの態度がクライエントに知覚されている



 ロジャーズはパーソナリティ変化のためには上の6つの条件をすべて満たしていることができていれば良いとしているが、かといってそれ以外のものがまったく不要であるとは述べてなかった。また、あいづちやうなづきは技法としては重要だが、それ自体には意味があるというよりも、それを媒介にして6条件を満たせば良いと考えていたようである。

 このことは非常に良く分かる主張で、単に技法的な問題ではなく、その背後にある人間性やスタンスといったものがセラピーには重要であるといった考え方を持っていたのであろうと思う。

 また、2~6の条件は程度問題としており、完璧に「受容できている」とか「共感できている」といったことを維持しなくては行けないとは書いていなかった。ある意味では、到達不能な努力目標として位置づけていたのであろう。

 ただ、単純にそれに向けて努力すれば良いというのは、僕には少し疑問が残るところで、臨床をしていれば、共感できないこと、受容できないこと、一致できないこと、が多く起こり、どうしてもポジティブな気持ちを患者に持てないこともある。それを6条件を満たす方向で努力するというだけでは、なんだか腑に落ちないところがある。

 そういう「できない」ということはそれ自体に何かの意味があり、それこそが関係の一部が現れているのだと理解することができる。そして、その意味について理解していくことで、「共感」「受容」「一致」できるようになっていくことが僕の経験としては多かったと思う。このことをロジャーズは「チャンネルを通して」という風に表現しているのかもしれないが。

 とにかく、単に杓子定規に「共感」「受容」「一致」したら良いというのはやはり誤ってロジャーズを理解しているということになると思う。ロジャーズ派かどうかは別としても、一度はこの論文に目を通しておくことは大切なことであろうと思う。


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コメント
この記事へのコメント
ピュアリーさん、九州ではどうも。

改めて考えてみると、ロジャーズの6条件って疑問が湧いてきますね。

まず、(2)だけが、クライエントが必要条件になっていますが、「不適応」というのは、何に対しての不適応なんだろう?

(3)のセラピストの自己が一致している、というのは、セラピストの自己が何と一致しているということなんでしょうね?

(4)は分かる感じがする。きっと、フロイトのいう患者の自由連想に対応した、自由(平等)に漂う注意や、全ての連想に耳を傾けるというニュアンスに近いのだろうと思う。

(5)の内的照合枠というのは、何を意味してるんだろう?

何か、この辺りのこと書いてましたか??
2008/05/13(火) 22:29 | URL | のん # - [ 編集する]

そうそう、名前をピュアリーに統一しました。ピュアリーは元々別のところで使っている名前だけど、二つ名前があるとややこしいので。

>のんさん

今、手元に文献がないので、(2)(3)(5)の疑問がどう書いてあったのか、具体的には分からないです。

また僕のほうでももう一度見てみますけど、のんさんもどこかで本を見かけたら是非読んでみて下さい。

フロイトの論文みたいに長くなくて、数ページほどの短いものなので、立ち読みでも十分に読めますよ。
2008/05/14(水) 09:36 | URL | ピュアリー # 6fwIY24o [ 編集する]

これらの用語のひとつひとつの「定義」は、

ロージァズ全集 第8巻 パースナリティ理論 第4章 「パースナリティと行動のについての一理論」

訳書p.89-161

で懇切丁寧になされています。

実はこの内容を知っていないとロジャーズの本を何も読めないというくらいに大事です。
2008/05/14(水) 19:28 | URL | こういちろう # BXy/Vbyc [ 編集する]

ロジャーズ用語辞典みたいなものですね(^^)

2008/05/14(水) 19:31 | URL | こういちろう # - [ 編集する]

>全集
卒論でよく引用したなぁ・・・(遠い目)

ロジャーズ自身は自分の真似をしてほしいわけじゃないと言っていたのに、結局弟子たちによってロジャーズの実践の表面的なところが「技法」として広まってしまったのは皮肉な話ですね。

ロジャーズの哲学を実践している人ほど、ロジャーズ流に縛られていないような気がするのは私だけ?
2008/05/14(水) 21:05 | URL | 一休 # mQop/nM. [ 編集する]

今、ぱーっと読み返したら、同じロージァズ全集 第8巻 パースナリティ理論 の第5章 「セラピィ・パースナリティ、対人関係の理論」の方が、「用語辞典」としてはわかりやすいかと思いました。

 そもそもこの「全集第8巻」の全体の索引前提の索引が、用語がわからないと感じた時に重宝でしょう(^^)

>ロジャーズの哲学を実践している人ほど、ロジャーズ流に縛られていないような気がするのは私だけ?(一休さん)

そうだと思います。要は治療者が「自己一致」していれば技法的にはすべて何でもOKのはずです。

.....今、説明する気力がない人だから、私。

「自己一致」して過ごそうとだけしている(^^;)

自分のブログで書き尽くしたテーマだし。

「受容・共感と自己一致の相克」シリーズ

http://kasega.way-nifty.com/nikki/2005/10/post_31e6.html

ここから。
2008/05/14(水) 21:37 | URL | こういちろう # 68ofgtwM [ 編集する]

全集を手に入れるのは、今となると難しいでしょう。

でも幸い、選集のほうでも「セラピィ・パースナリティ、対人関係の理論」は載ってますね。上巻の最後の論文です。「パースナリティと行動についての一理論」のほうは、残念ながら取り上げられていないけど。

ロジャーズの凄さは、50年代にカウンセリングの効果を実証する「実験」をやってみせたことだと思ってます。エビデンス・ベイストですよね。日本に輸入されると「3原則」だけになってしまうのは、まあ、仏教哲学を輸入しても結局は「南無阿弥陀仏」だけになってしまう風土だからかも(笑。

2008/05/15(木) 00:40 | URL | ぽっき # mQop/nM. [ 編集する]

皆様、どうも。
ピュアリーさん、こういちろうさん、論文の御紹介ありがとうございます。僕も学生時代に読んだ記憶はあるんですが、よくよく考えると、6条件は何を意味しているんだろう?という疑問が湧いてきました。

とりあえず、こういちろうさんのブログを拝見させていただきます。
2008/05/15(木) 03:23 | URL | のん # - [ 編集する]

ロジャースってQ分類を作ったり、分裂病の患者さんにセラピーを実施して、効果を測定したりと、色々と実証的な研究もしていたみたいですね。

なんで、その辺りのことはあまり知られずに、共感・受容・一致といったものばかりがテキストに載るんですかね。そりゃ、もちろんこれらも大切だとは思いますが。

確かロジャースの時代は力動的精神医学が優勢な頃で、医者以外はセラピーをしちゃダメって風潮だったんかな。

それをなんとか医師以外もセラピーをしていくということで、頑張ったんだろうと思います。そしてその目に見える形が実証研究・効果研究だったのだろうと。

また、晩年のエンカウンターグループの研究や、平和活動の方向にも行きましたね。ノーベル平和賞の候補だったとか。

こういうところもスゴイところだなって思いました。
2008/05/16(金) 09:12 | URL | ピュアリー # 6fwIY24o [ 編集する]

10番ゲットだよ☆⌒(*^∇゜)v

>確かに全部読んだなあ

え、一休さんのように卒論の時に読まれたんですか?
うちも読まないとダメかな~。
とりあえず、この本をリストに入れておきます。
2008/05/16(金) 18:30 | URL | ゆみっちょん♪ # I.K6Pi7I [ 編集する]

いやいや、院生の頃のバイト先に全集が置いてあったんで、暇のときに順番に読んだだけ。全集は、今となると手に入らないだろうし、内容も同じようなことを繰り返して書いてるだけだから、「選集」のほうを読むので良かろうと思うよ。

そもそもロジャーズはもはや「必読」ではないとも思う。リン・ホフマンの「家族療法の基礎理論」やマイケル・ホワイトの「人生の再著述」のほうが、現代の必読書。

2008/05/16(金) 22:55 | URL | ぽっき # mQop/nM. [ 編集する]

>ゆみっちょん♪さん
いえいえ、私も時間はあるけどお金がない学生時代に、たまたま研究室に全巻そろっていて、読む機会があったのです。
その後、卒論のテーマを決めるときに、ちょうどロジャーズの理論と関わりの深いテーマがやりたくなったというだけで。

学部生時代に読んだ本で印象深かったのはベイトソンかなぁ。
2008/05/16(金) 23:50 | URL | 一休 # mQop/nM. [ 編集する]

そうだったんですか。図書館とかで探してもないかなぁ。「選集」のほう読んでみますね。
えっと、「家族療法の基礎理論」と「人生の最著述」もメモメモ。必読書多いな(笑)
一休さんのベイトソンも、興味が湧いたので調べてみます。
Σちょっとまって、また増えちゃったか~o(ToT)o ダー
いいえ、読むの大変だけれど嬉しいです。

あ、掲示板の方のお返事、明日書かせて頂きますね。
最近は考えるのに時間が掛かるんです。>ぽっき様


2008/05/17(土) 00:04 | URL | ゆみっちょん♪ # I.K6Pi7I [ 編集する]

一休さんに同感。ベイトソンも必読(笑)。一般向けの「精神と自然」あたりから。その中の「誰もが学校で習うこと」の章で「そんなの、習ってない」な法則を羅列していくセンスとか大好き。最後の章の「父と娘の会話」も「どういう家族やねん」と楽しめる。

そもそも「日常には因果関係などない」と言い切った人なのに、「ダブルバインドが統合失調症の原因」なんて因果関係を説いた人だと思われてるのが可哀想。

> 最近は考えるのに時間が掛かるんです。

うん、考えるのって時間がかかることなんです。よかとですたい。

2008/05/17(土) 00:31 | URL | ぽっき # mQop/nM. [ 編集する]

>うん、考えるのって時間がかかることなんです。よかとですたい。

はい、これからは良く考えてから発言するようにしますね。

ところで何で博多弁使ってると?
あー、飲んじゃったでゴワスか(笑)
2008/05/17(土) 02:03 | URL | ゆみっちょん♪ # I.K6Pi7I [ 編集する]

リン・ホフマンもマイケル・ホワイトもベイトソンもどれも読んでないな~(笑)

フロイト好きやからというわけではないけど、やっぱりフロイト著作集9巻の技法・症例編は必読なんじゃないかと、僕は思うんですけどね。

患者さんの話に耳を傾けるということを最初に始めたのはやはりフロイトだと思うし、そのフロイトの臨床をそのまま分かるのは技法と症例かなと。

まー、「必読書」なんて人によって、ある程度は変わるかもしれないけどね(^^ゞ
2008/05/17(土) 17:35 | URL | ピュアリー # 6fwIY24o [ 編集する]

フロイトの技法論については、僕のHPの「フロイトを読む」を見てくださると嬉しいかな。
http://pocki.hp.infoseek.co.jp/Freud0.html

そしてフロイトが現代に生きてたら、ベイトソンとホワイトは読み込んでるだろうと思う。リン・ホフマンさんは、ただの主婦(しかも美人。笑)だったのがいつのまにか家族療法の第一人者になってしまったのが、ゆみっちょん♪さんに似合うかな、と思ってのオススメ。フロイトが読むとしたら、下心がある場合(笑。

2008/05/17(土) 21:06 | URL | ぽっき # mQop/nM. [ 編集する]

>やっぱりフロイト著作集9巻の技法・症例編は必読なんじゃないかと、僕は思うんですけどね。

そうなんですか~。フロイト全集の方とは違うのかな?
チェックしておきますね。
なんだか、リストが莫大な量になってしまいました。素敵。

>フロイトの技法論については、僕のHPの「フロイトを読む」を見てくださると嬉しいかな。

このページは、以前に拝読しました。
とっても楽しく書かれていて大変勉強になりました。ありがとうございます。
プリントしたものをレジュメにして大切に置いてあります。

掲示板のお返事も書いたので、読んでね☆⌒(*^∇゜)v
2008/05/17(土) 21:34 | URL | ゆみっちょん♪ # I.K6Pi7I [ 編集する]

しかし、フロイトが現代に到るまで生きていたら・・・って想像すると面白いですね。

一体、どういうものを読み、どういうものを考えていたんだろうと。

フロイトの後期の論文というと、「モーゼと一神教」「精神分析概説」「防衛過程における自我の分裂」などかな。

「モーゼ」では文化論・宗教論が展開されているので、結構臨床を辞めて文化人になっていたりとか、それはないかな(笑)

「概説」では、小此木先生が「アンナフロイトが書いたのでは?」と疑うほど、自我心理学的な視点がてんこ盛りなので、社会適応やストレスマネジメントなんかの方面に行っていたりして。

「自我の分裂」では原始的な防衛機制について論じられてて、一時は精神病の分析はできないと、言っていたけど、結構その方面も開拓していったかも。


ただ、フロイトの臨床スタイルはカウチによる自由連想を確立してからは、ほとんど変化させてない。そのスタイルから色々な理論を展開させていった。臨床スタイルに発展が無かったというよりは、立ち位置をしっかりと持っていたのだろうと思う。その立ち位置をしっかりともつ中で「家族」というものを考えていっただろうとは思うけど、やはり技法の変更はしなかったのだろうと推測すると、今のような家族療法に影響は与えども、家族同席での臨床はしないだろうかなと思ったり。

まー、ナラティブというのは、その言葉自体はフロイトは使ってなかったけど、エッセンスはすでにフロイトの時代の精神分析の中にあるようにも思ったりします。「科学的心理学草稿」だったかと思うけど、記憶の事後性(だったかな?)ということを書いていたと思う。

ただ、やっぱり父親中心の理論はそのままだったりするかなと思ったり。クライン派や対象関係論が重要視した母親と幼児との関係について考察を進めて行ったかどうか。フロイトの原光景が影響しているように思うから。

>ぽっきさん

ぽっきさんのホームページのフロイトの技法論については昔読んだことあります。その時にはあまり理解できなかった記憶が(笑)

また改めて読んでみたいと思います。今だったら、もう少し理解できるかな?(^^ゞ
2008/05/18(日) 00:03 | URL | ピュアリー # 6fwIY24o [ 編集する]

「フロイトが今まで生きていたら」ではなくて「フロイトが今の時代に生まれてきたら」なんだけど。19世紀後半のフロイトが何を学び、何を考え、何を見つけたか。すごいと思うよ。シェークスピアやモリエールの演劇や文学に堪能で、ブレンターノの哲学にも通じている。当時まだ仮説に過ぎなかった「ニューロン」を研究し、成果を上げながらも満足せず、さらに新しい治療法である催眠療法を学びにパリまで行き、しかもその習ったものを捨てて自由連想法を編み出し、人の心の中に「未知の大陸」を発見した。

こんな人が「現代」に生まれてきてたら、薬理学もやるだろうし、当然精神分析も身につけてるし、それに飽き足らず他の治療法も修得しようとするだろう。そして、そうやって習ったものを捨てて、「未知の大陸」のさらに奥地を目指して冒険するだろうなあ、と思います。Wo es war, soll Ich werden !(ソレのあるところに、オレは行きたいぜ!)

「フロイトの魂」ってそうなんだけどな。僕をワクワクさせる。コロンブスの次の世代が、すでに発見された「西インド諸島」だけしか探索しないのだったら、「コロンブスを受け継ぐ者」とは呼ばれない。もっと大きな「大陸」が目の前にあるじゃない?

というわけで、ベイトソンとホワイトは必読(笑。

2008/05/18(日) 00:56 | URL | ぽっき # mQop/nM. [ 編集する]

「ソレのあるところに、オレは行きたいぜ!グランドライン目指して!!」

フロイトおじさんが「ワンピース」読んでるかは微妙(笑)
でも、「ブラックジャック」あたりは読んでいるかな??

そうそう、「ファンシィダンス」も買ってみました☆
まだ読めておりまぬが。ちょと、順番に読んでくね(汗)
2008/05/18(日) 13:46 | URL | ゆみっちょん♪ # I.K6Pi7I [ 編集する]

ピュアリーさんて、誰かなと思っていたら・・・名前が変わったのですね。
久しぶりにここのブログを覗いてみたら・・・私が大好きなロジャーズ、ついに来ました!と小躍りしそうになりました。
ロジャーズの晩年は更に好きです。
ロジャーズの目指す方向について思いを巡らしてみると、切ない気持ちになります。
結局、私はロジャーズの「生き方」「生き様」が好きなんです、きっと。
ロジャーズの、注意深く、緻密な書き方も好きなのですが、この緻密さは、ちゃんと読まないとわからない部分であって、みなさんが書かれているように、ただ「技法」として広まっていくことはロジャーズの本意ではないのだと思うと、また切なくなるのです。
2008/05/20(火) 01:02 | URL | RELSHY # - [ 編集する]

今の私の頭は物事を解説するの一番ふさわしくない状態に近いのですが、ちょっと気持ちに余裕を取り戻させる状況になったので、敢えて「あまりに荒っぽすぎる」素描をすれば、

ロジャーズのパーソナリティ理論って、細部を度外視すれば、実はフロイトの意識と無意識の考え方に近いところがあるのです。

「経験」というのは正確には「有機体的経験」のことで、これは無意識を含めた経験(体験)全体。
敢えて思い切って単純化すればEs=「有機体的経験」の領域。
「自己(概念)」とは「意識」の領域とみていい。他者や状況についての認識も「自己」の一部。
そして「esあるところにIchあらしめよ」ってことが「自己と経験が一致している」と言うこと=「心理的適応」。
「心理的不適応」=「自己と経験の不一致」
「心理的適応」=「自己と経験の一致」とは普通は言わないで、「自己一致」という言い方がよく使われる。


この「自己と経験が一致」している領域=「自己一致」している領域を集合のベン図の円が重なり合った部分(B)とすると、「今だ自己=意識」にのぼらないでいる「有機体的経験」の領域は「自己」から「否認」されている体験領域(C)、逆に「有機体的経験」と一致していない「自己=意識」の領域(A)は「重要な他者」からの「条件付きの」評価や関心が「取り入れ(introject)されて、あたかも自分自身がそう思っているかのように認知が「歪曲」され、意識されているとなる(ある意味で超自我に近い)。

(このへんは、結構サリヴァンの自己理論との共通性が多い)

セラピストが自分の体験したり感じたりすることに「無条件の」関心を抱いていること=「自己と経験が一致した」状態で、少なくとも面接場面であり続けることによって、クライエントさんの側も、自分の有機体的経験世界全体に「無条件の」関心を持つ方向に向かう=自己と経験の一致の領域が増すとロジャーズは考えたけど、そのためには、そういうセラピストの態度がクライエントに「知覚」され「摂り入れ」られていく必要があるとみなしたことになる。


「外的照合枠(external frame of reference)」からクライエントさんに反応すること=セラピストの価値観や評価を押しつけること。

「内的照合枠(internal frame of reference)」とは、クライエントさんのその段階での「自己」認識の枠組みからのみクライエントさんを傾聴し、受け止めようとしていくこと。

なお、ロジャーズは、外部からの評価や価値づけの「摂り入れ」がなくても「有機体それ自体の価値づけの過程」は信頼できるという前提がある(このへん、直前に書いたこととの関係がどうなるのか矛盾したまま記憶だけで....)

全然まとまってない.....

10年前、大学に非常勤講師していた頃ならはるかにスッキリと透明に記憶だけで説明できたのに、相当にさび付いている.....


なお、ジェンドリンの、フロイト、サリヴァン、ロジャーズの人格理論の比較とその限界についての考察、「人格変化の一理論」のウェブ上日本語訳のはじめの方にあります。これ、中古でないと書籍ではもう読めなくなった部分。

http://www.focusing.org/jp/person_jp.html
2008/05/20(火) 01:52 | URL | こういちろう # BXy/Vbyc [ 編集する]

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