発展途上臨床さいころじすとの航跡blog版 スーパーヴィジョンを考える(精神分析 臨床心理 心理療法)
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 スーパーヴィジョンは心理臨床家にとって必須のトレーニングである。心理臨床家になるためにも必要だし、なってからも研鑽を積むという意味でも必要である。

 この本はスーパーヴィジョンについて体系的にまとめているというよりは、さまざまな方面からさまざまな意見が載せられ、読者の着想や連想を誘うような形式で書かれているところが特徴かもしれない。また本書はどちらかというと、精神分析やユング心理学の先生が書いていることが多く、ブリーフや行動療法系からの話がなかったので、偏っているといえば偏っているかもしれない。

 スーパーヴィジョンをどこで受けるのかというのはとても重要なことであると思う。それはスーパーヴァイザーが大学院の指導教官であったり、職場の上司であると、そこに成績評価や職場命令といった要因が入ってきて、自由にできなくなってしまうところはある。それは僕自身の体験を振り返ってもそう感じる。職場の上司であると、評価に関わるので、どうしても知られたくない、見られたくない、失敗してしまったところなどをごまかしたくなってしまう。これが外部でまったく利害関係のないスーパーヴィジョンだったらそういうこともないだろう。

 また本書では、スーパーヴィジョンと教育分析を全く別の人から受けるか、同じ人から受けるのか、といった議論もされている。僕自身は分けた方が良いと思うが、これについても様々な意見があるようで、どちらが正しくて、どちらが間違っていると一概には言えないところもあるようであった。

 その他にもカウンセラーとクライエントの性的関係が問題になるのと同様に、スーパーヴァイザーとスーパーヴァイジーの性的関係も非常に問題であると提起されていた。これは単に一方的に悪意のあるものであれば単純だが(いや、それも問題だが)、性的関係はスーパーヴァイザー(orカウンセラー)のスーパーヴァイジー(orクライエント)を何とか良くしたいという強い善意の思いから出てきていることもあり、問題は簡単ではない。もちろん、善意だから許されるものではないが、自分だけはそういう問題は起こらないというふうに否認するのではなく、自分にも起こりうる問題として捉えなおしていく必要はあるかもしれない。

 あと、守秘義務の問題で、スーパーヴァイザーがスーパーヴァイジーの報告したケースを無断で公にしたり、他の人に話すことの問題についても触れられていた。ちなみに、本書の執筆者の一人がその問題でゴタゴタしたことが一度あったということを以前に聞いていたことがあって、その執筆者が倫理についてのコメントしたあとに、他の執筆者がこんな問題もあったとコメントしている箇所があった。思わずその場の雰囲気がどんなんだったのだろうと考えると背筋が寒くなるような感じであった(笑)

 しかし、本書ではスーパーヴァイザー・スーパーヴァイジー・スーパーヴァイズといった似たような言葉がたくさん出てくるので、読んでいるうちに一体何がなんだか分からなくなってしまうところもあって注意が必要である(笑)


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