発展途上臨床さいころじすとの航跡blog版 ある幼児期神経症の病歴より(精神分析 臨床心理 心理療法)
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S.フロイトの1918年に発表された論文「ある幼児期神経症の病歴より」について。

 フロイトの症例論文のうちの4つ(ある五歳男児の恐怖症分析強迫神経症の一症例に関する考察自伝的に記述されたパラノイアの一症例に関する精神分析的考察あるヒステリー分析の断片)を今までブログに書いてきたが、これが最後の症例論文である。

 この症例論文に登場するのはウルフマンというロシア人男性であるが、解題で小此木先生が境界例か統合失調症ではないかと言っているぐらい、重たく難しい症例であったようである。また、この分析治療では1年間と期間を限定したり、分析治療中にフロイトが自分の個人的な話をしたり、無料による分析治療をしていたりと、フロイトが論文で建前的に書いていることとかなり違うところがあり、それについても興味が引かれるところである。

 しかし、この論文ではそういう技法論的なところについての考察は少なく、主にウルフマンの幼児期に出現していた神経症症状について述べられている。幼児期に起こった外傷体験やそれにまつわる記憶、経過などが詳細に記載されており、精神分析によってこれほどまでに明確になるものなんだなと率直に驚いた。1~3歳の間の出来事を月単位で特定しているところは本当なのかと疑いたくなるぐらいであるが。

 これらの幼児期の記憶や出来事が単に客観的に再構成されて描き出されているというように論文から読めたが、よくよく読んでみると、どこかの一文でフロイトは「転移を通して発見(再構成?)した」という風に書いていた。見落としそうになるぐらいの短い記述であったが、やはり分析家と患者の間に起こっている転移を通して、理解していくことが分析治療の一番の道筋であるのだなということが確認された感じであった。


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コメント
この記事へのコメント
>転移を通して、理解していくことが分析治療の一番の道筋

転移を通すということは、そこに逆転移を通して理解しているということなのだろうと。

フロイトはその辺についてはあまり述べられてないようだが。
2007/12/01(土) 07:19 | URL | セーイチ # 6fwIY24o [ 編集する]

狼男ですか。十数年前に読みましたが、長いしややこしいし、よくわからなかったですね。
新しいフロイト全集に登場するのが楽しみです。

例の「原光景(両親の性交場面)」のことですが。
論文では、単なる空想ではなく実際におこったこととしてとらえられているのでしたか。
フロイトの、事実としての外傷(誘惑)か幼児の空想か、という病因論からするとどのような位置づけになるのでしょう。
原光景はかなり普遍性をもった体験とフロイトは捉えているようですが、その後の分析理論や心理学ではどのように考えられているのか。
また、セーイチさんの臨床経験からの実感ではいかがですか。

なかなか一言では答えられないようなことでしょうが、よろしくお願いします。
2007/12/02(日) 09:59 | URL | しげもと # qgv1q6Fs [ 編集する]

原光景を現在ではどのように捉えているのかについてはあんまり知らないです。というか、最近の精神分析では原光景という言葉自体あまり使われてないと思います。理論的には廃れてしまったのでしょうか?

PTSDや虐待の領域では、両親のSEXを見せることも虐待の一つとして捉えられるとしているみたいですが。

自分自身の臨床的なものとしては、両親のSEXを目撃したというクライエントからの報告はたまに聞きます。反応は様々ですが、確かにかなり外傷的に経験されているような感じです。性に対する嫌悪もあるようでしたので、虐待と捉えられることも分からないでもないです。
2007/12/04(火) 15:15 | URL | セーイチ # 6fwIY24o [ 編集する]

確かに「原光景」を取り上げている人はあまりいないですね。知ってる範囲だと、ドルトが『子どもが登場するとき』で、幻想としての原光景の話をしてるくらいです。

ドルトによると、子どもは「自分はどうやって生まれたんだろう?」という疑問を持っていて、あれこれ想像を膨らませている。母親から生まれたのは知っている。妊婦さんを見たことがあるから。「この中に赤ちゃんがいるのよ」とは聞いている。実際、4歳くらいの子どもと話してると「昔、お母さんのお腹の中で泳いでた」という「記憶」があったりするから、その点は疑問ではないらしい。

問題は「お父さんは、なぜお父さんなのか」。子どもにとって、これが難問です。なにしろ「役に立ってる」ように見えないからなぁ(笑)。フロイトの時代は、もう少し身近に動物の生殖はあったでしょう。馬や羊の繁殖は、ヨーロッパ文化の人には日常的な光景だった。だから「交尾」が人間においても存在することは、想像可能だった。ウルフマンの原光景はそんな感じがします。

でも現代の日本ではどうだろう? 動物の交尾なんて、都会の子どもには無縁です。ここあたり僕の経験では、「お父さんの血がつながってる」と言われることから推測するようです。キーワードは「血」ですね。父親の「血」がどう母親に入ったのか。輸血? キスのとき血が混じる? それとも吸血鬼みたいに血を吸う?(吸い取られるという意味では、半分、当たってるかも知れない。爆)

この子どもの頃の幻想を「原光景」と考えると、それは大人になって忘れてからでも、知らないところで影響を残している可能性はある。食べものへのアレルギーは、そこに「父親を食べてしまうこと」のトーテミズムが隠れているのかも知れません(などと、適当なことを書いておく)。

2007/12/05(水) 00:32 | URL | ぽっき # mQop/nM. [ 編集する]

セーイチさん、ぼっきさん、ご返答ありがとうございます。

>PTSDや虐待の領域では、両親のSEXを見せることも虐待の一つとして捉えられる

ふむそうですか。これは、ある程度大きくなった子供の前で配慮なくやっちゃった場合なのでしょうね。
日本のような住宅事情だと、小さい子供は両親と寝室一緒ということも多いから、子供が寝ている横でやっていて見られちゃうということも実際ありそうですが。
男の子と女の子とでは受け取り方も違う気はしますね。

>動物の交尾

これで思い出したのは、狼男の原光景は後背位だったということ。
動物の交尾では、通常この体位がスタンダードなんですね。
それが人間だと「正常位」は、向かい合う形。この方が愛を感じさせる。
後背位の方が、荒々しく、虐待を感じさせる。
それと、後背位はオカマを掘る時の体位でもある。
フロイトは、男性が父親に対して女性的な態度をとる空想を強調しています。
去勢不安の半分は、アードラーの言う「男性的抗議」だけれど、もう半分は「去勢への快」すなわち女性的態度を望む傾向である、と述べている。
つまり、原光景は狼男にとっては、母の立場に自らを置き換えて、父に犯されるという空想であったのかなと。
だいぶ前に読んだことなので、フロイトの分析がどうだったか忘れてしまいましたが。それでよかったかな。

そこからの連想ですが、鼠男の場合は、鼠がマウスでなくラットだというのも大事かな。
肛門から侵入してくるのが、あの大きなラットだと思うとぞっとするものね。
2007/12/05(水) 22:46 | URL | 重元 # qgv1q6Fs [ 編集する]

追加。
原光景を「父から犯される空想」と捉えると、セーイチさんの言う「転移を通して発見した」というのもわかる気がします。
2007/12/05(水) 22:53 | URL | 重元 # qgv1q6Fs [ 編集する]

どこかの記述で、ウルフマンは「壁の時計に目をやり、それからフロイトに目をやる行為が反復した。それは”おてやわらかに”という意味であった」というのがあったと思います。

これが転移なのだろうと思うのですが、ウルフマンはフロイトの”女”になることをもしかしたらどこかで願望していたのかもしれないし、フロイトもそういうウルフマンの転移を受け、ウルフマンと性交をするという逆転移を持っていたということでしょうかね。
2007/12/06(木) 01:21 | URL | セーイチ # 6fwIY24o [ 編集する]

なんだか凄まじい内容ですね。「原光景」については、今読んでいる「エロス論集」に載っていました。
一世紀前でも現代でも、性に関するテーマは慎重に扱わなくてはならない事に何ら変わりはありませんよね、、、。
2007/12/06(木) 01:31 | URL | ゆみっちょん♪ # I.K6Pi7I [ 編集する]

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