発展途上臨床さいころじすとの航跡blog版 ある五歳男児の恐怖症分析(精神分析 臨床心理 心理療法)
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S.フロイトの1909年に発表された論文「ある五歳男児の恐怖症分析」について。

 フロイトの5つの症例研究の論文のうちのひとつ。症例は馬恐怖症を呈するハンス少年であるが、フロイトが直接分析を行ったのではなく、ハンス少年の父親が分析を行い、フロイトは父親のコンサルテーション・スーパーヴィジョンをしていた症例である。ちなみにフロイトはハンス少年には1度ほどしか会ってはいない。

 この時代には親が自分の子どもに精神分析を行うことが当然のように行われていたようである。フロイトは娘のアナ=フロイトを数ヶ月とはいえ分析していたし、メラニー=クラインも自分の子どもの分析を行い、それを元に論文を書いたりしている。

 現在の日本では家族だけではなく、日常生活で接点のある人のセラピーや分析は行わないという方向で動いている。いつからそうなったのかは分からないが、故河合隼雄はどこかの論文か本で、身近な人のセラピーでは治療者が一定の距離をとることが大変難しい、と書いており、それが影響しているのではないかと思ったりもする。違うかもしれないが。

 上記の理由のほかに、精神分析の場合にはファンタジーを取り扱うので、治療者と患者が家族であった場合、分析の中で出てきた素材が現実の関係のものなのか、転移というファンタジーなのかが判別できないところが理由として挙げられるかもしれない。

 この論文が書かれたのは1909年で転移の概念はすでに精神分析の中では出てきている。しかし、この時期の転移の概念は治療上邪魔になる抵抗という位置づけが大きく、「転移の力動性について」(1912)で捉えなおされるように治療の手がかりであるという理解はまだなかったと思われる。

 この転移概念の転換後にこの症例を振り返ると、ハンス少年が言語化していっていたファンタジーは父親との分析からの素材であり、そこに親子関係なのか治療関係なのか判別しがたい関係性からのものであると理解できる。そして、そこから馬=父親という定式化がこの論文ではなされているが、これが母親との分析であったならば何かが変わっていたのではないかと空想してみたりもできる。

 それと、話は変わるが、去勢不安が症状化の一因と論文では書かれているが、この去勢不安は「ペニスを切り取られる」という恐ろしいものであり、神経症水準の不安というよりは、迫害不安に近いもののように僕には思えてくる。だからといって何なんだというものではないが。


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コメント
この記事へのコメント
ハンス少年のケースは、正常範囲内の神経症的症状で自然経過のなかで治っていた可能性も大きいのではないでしょうか。
父親のかかわりも、分析治療というよりは、通常の親としての教育的かかわりに分析治療の知識を応用したという程度のこと。
フロイトへのコンサルトも、深刻な症状に悩んでというより、もともと分析理論に興味を持っていた父親が、学問的関心から事例提供したという側面があったのでは。

馬っていうのは、一般的にも母親よりも父親を象徴しやすいように感じますね。実物の馬って相当迫力ありますよ。あの首は巨大なペニスみたいだし。
2007/10/17(水) 23:55 | URL | 重元 # qgv1q6Fs [ 編集する]

自然治癒の可能性ですね。もしかしたらあったのかもしれませんね。

思うのは分析治療の何が効果を発揮するのかといった治療機序のところについて僕はいまいちまだ分かっていないところがあります。

転移の解消とか、洞察とか、無意識の意識化とか、ワークスルーとか色々とものの本には書いているけど、まだ実際のところよく分からないです。

多分、標準的な精神分析をまだ体験したことがなく、せいぜい分析的オリエンテーションに基づいた心理療法をしているぐらいで、転移解釈の他に、指示的・支持的なことを一杯しているので、ピュアな形で精神分析のプロセスにタッチしてないから分からないのかもしれませんが。
2007/10/18(木) 16:38 | URL | セーイチ # 6fwIY24o [ 編集する]

ハンス少年は、フロイトが補注で後日談を書いていて、母親がまず分析を受け、そのあと父親がハンスの馬恐怖を持ち込んできて、その分析が終わってから夫婦が離婚したんじゃなかったっけ?

重元さんの言われるように、父親が悩んでるようには見えないんですよね。悩んでいたら、初回から息子を連れてきたことでしょう。どうも「家内に変なことを吹き込んでるフロイトってどんな奴だ」と、力試しにやって来たように思います。奥さんのほうの分析がどうだったかはわかりませんが、離婚で終わることからすると、この家族には夫婦の不和が潜在的にあり、そのことが子どもの身に恐怖症として現れていた。

奥さんのほうの分析で、徐々に奥さんが自分の気持ちに気づき自己主張を始めたんじゃないか。それを疎ましく思う夫。「諸悪の根源はこの精神科医だ」とばかりにクリニックに押し掛けてきた。表向きは紳士的に、子どもを気遣う父親の役を演じている。フロイトも知ってか知らずか、テーマをファルス(父性)に焦点づけて解釈していく。その中で、自分の父親の姿をフロイトに見てしまう父親。息子の話をしながら「息子としての自分」を俎上に載せてしまう。やがて「家内の言うことにも一理ある」と思い、妻からの離婚の提案に彼は承諾する覚悟をするのであった。

まあ、そんなふうに読み込んでみるのも、このケースの味わい方かなと思います。

2007/10/19(金) 00:25 | URL | ぽっき # mQop/nM. [ 編集する]

ぽっきさんのケースの見方は面白いですね。たんなる分析療法のケースではなく、家族と言う視点が新鮮でした。

分析的な治療をしていると、どうしても過去の体験とか、本人の空想とかという観点から家族というものを見てしまう傾向が僕にはあるように思います。

現実のものとしての家族がどうも抜け落ちてしまうようで。

家族療法みたいに実際に家族と治療的に扱うとか扱わないとかは別にしても、そういう視点をどこかで持つことも大切かなと思いました。
2007/10/19(金) 11:03 | URL | セーイチ # 6fwIY24o [ 編集する]

はじめまして。
確かに精神的なことって、「これが一番いい方法だ!」とは言いにくいですよね。
ましてや子供に関しては大変だと思います。

セーイチさんのようにいろいろな視点で物が見れる方には是非ともがんばってもらえたらと思います。
2007/10/26(金) 20:32 | URL | すずめ # 4cdyejRQ [ 編集する]

私もちょっと最近機会があって読み直してみたのですが、ハンス君よりも両親のありようが気になりましたね。

お父さん自身も実際にハンス君を排除しようという心理が強く働いているように見えますし、ハンス君の父親へのアグレッションもハンス君のエディプスコンプレックスの表れでもあり、父親の投影同一化に動かされたという面もあるのかなーと思いました。

あと、母親もあまり「母性的」な人ではなかったのかなと思います。母親は、ハンス君のイメージの中で普通の母親的と思われるような象徴として表れてきませんよね。例えば、夢ではキリンだし、お風呂からは「落っこちそう」と言っているし、その時に「ママが手をはなすんじゃないかと」心配してますしね。

そういうところからみても、この家庭全般に抱える機能が弱いのかなーという印象を受けますし、それゆえにセクシャルな三者関係が際立ったのではないかと思います。
2007/11/20(火) 12:31 | URL | Y.. # - [ 編集する]

うーん、色んな意見を見ていくと、ハンス少年自身の問題というよりも、家族の病理がハンス少年に置き換えられているというのがとても重要な視点になってきそうですね。まさしく家族療法で言うところのIPなんでしょうね。

母親もフロイトの分析を受けていたみたいですし、その内容にも興味がありますね。
2007/11/20(火) 15:16 | URL | セーイチ # 6fwIY24o [ 編集する]

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