発展途上臨床さいころじすとの航跡blog版 あるヒステリー分析の断片(精神分析 臨床心理 心理療法)
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 本書はフロイト初期の頃に書いた精神分析療法の事例研究である。現在の日本の一般的な事例研究の書き方は「はじめに」「事例の概要」「治療経過」「考察」という風に区分けされ、コンパクトにまとめられているが、本書はこのあたりゴッチャに詰め込まれている感じがするので、多少読みにくいように僕には感じた。

 また本事例は主に2つの夢の分析をメインに書かれている。そして、それを生活史へと位置づけながら記述されている。その為、治療の中で語られたことが外的現実として実際にあるという風なニュアンスで書かれていた。心的現実論ではなく、心的外傷論の文脈があるからだろうか

 さらにそれを後押しするように、訳注や解説でも具体的な年月日がどうだったとか、実際の年齢はこうだったとか、客観的な事実を跡付けるような記述が目立っているように思えた。確かに実際の年月日の間違いや年齢の記述違いはあっただろうとは思うが、なぜに違っていたのだろうとか、そこにどういう無意識的意図があるのだろうと読む方がよっぽど面白く感じてしまう

 ただ、解説や訳注で書かれているような登場人物のほかの資料から得られた素顔や後日談は興味を惹かれるものが多かったが。

 どちらにしても、治療の中で語られたことが外的現実を忠実に報告していることなのか、それともその人の心的現実の表れとみるのかで、精神分析を精神分析たらしめたところがあるので、色んな見方をしていけたら良いのかも知れない。

 本書の内容に戻るが、フロイトはヒステリーというものと、夢とを関連付けて論じようとしたのが本事例の最初の目的であったようである。その目的はある程度は達成されたが、結果的には事例は3ヶ月程度で中断になってしまっており、不十分であったとフロイトも書いていた。しかし、その中断といったところから、「なぜ中断になったのだろう?」とフロイトも色々と考えたのだろうが、ここから転移概念の提起を行っている。ここは転んでもただでは起きないフロイトの凄さが伺える。

 今後の精神分析療法はこの転移を軸に治療していく方向に動いていっており、そのきっかけがこの論文には書かれているのである。


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コメント
この記事へのコメント
たしかに、この症例とかヒステリー研究の事例とかは、後の鼠男や狼男とは違った面白さがありますね。
そのひとつの要因として、フロイトの興味が現実の出来事により強く向けられているからのような気もします。
ドーラって「昼ドラ」みたいなどろどろした話じゃないですか。そのまま短篇小説にしてもよいような。
それと、後期の「女性同性愛の一事例の心的成因について」でも感じたのだけれど、フロイトって思春期の女性にちょっとつれなくないですか。最後の後日談のところなんか。そりゃ治療の中立性とかはあるでしょうが、鼠男には食事を食べさせたりしたのにね。
なんか、父親と娘のような関係に反発されてむっとする治療者みたいなものを感じてしまいました私は。これはもしかしたら、そう感じる私の方の問題なのかもしれませんがね。
2007/07/16(月) 10:42 | URL | 重元 # qgv1q6Fs [ 編集する]

あー、そういえば、どちらかというと男性患者に優しく、女性患者に厳しいというパターンはあるのかもしれませんね。

もしかしたらそこにフロイトの逆転移と患者さんの転移が絡み合っているかもしれません。

ただ、フロイトは多分、そういうといころも気づいていたんじゃないかと思う節もあって、色々とお世話をすることの弊害を後の方では認識し、「中立性」「禁欲原則」という概念も提出しました。

失敗から学ぶ精神や、転んでもタダでは起きない精神は見習いたいものです。
2007/07/16(月) 13:23 | URL | セーイチ # 6fwIY24o [ 編集する]

こんにちは。ちょっとテーマからズレてしまって大変申し訳ないのですが、重松さんのコメントを拝読すると、フロイトが「現実の出来事により強く向けられていた」と書いていらっしゃいますが、これってフロイトは「外向的」だったってことなのでしょうか?超初歩的でヘンな質問でスミマセン。。。
先日、心理学研究法のセミナーを受けたときに、そのお話が出て、先生は、フロイトは「内向的」アドラーは「外向的」なので、同じ現象をみているのに二人の見解が異なるのだとユングは考えた。との事だったんです。ぅ~~ん、ホントはどっちなのかな?って混乱してしまって。。。
2007/07/17(火) 20:35 | URL | ゆみっちょん♪ # I.K6Pi7I [ 編集する]

説明がわかりにくかったようですみません。
「現実の出来事により強く向けられていた」というのは、患者さんの親が不倫をしていたのが事実であったか、といったことに強い関心を向けていたということです。

後のケースでは、患者さんの語る体験が必ずしも客観的な事実ではない場合もあるが、そこにはひとつの真実があるということに注意が向けられています。もちろん、事実がどうでもよいというわけではないのですが。

外向的か内向的かということでは、どちらの側面も持っていたと思いますよ。心の深みをとことんつきつめていったという点では内向的だし、精神分析の創始者としてさまざなま外的抵抗と戦い、治療と理論の普及に努める活動をした点では外交的でしょう。
2007/07/17(火) 22:24 | URL | 重元 # qgv1q6Fs [ 編集する]

そうだったのですか。本の内容を把握していない上で、コメントを読んだだけでの投稿でスミマセンでした。。。
しかもお名前まで間違っていて。重元さん、なのに!本当に失礼致しました。
外向的、内向的両方の側面を持っていたという事で、もやもやがスッキリと解消できました。お忙しいところ、教えて下さり感謝しております^^
2007/07/17(火) 22:54 | URL | ゆみっちょん♪ # I.K6Pi7I [ 編集する]

重元さんが説明してくれたので僕の出番はなさそうですね(笑)

臨床の視点としてフロイトは現実重視から段々と内的世界重視に変遷していったところはあるようですね。

あと、自分自身が内的・外的のどちらを重視する傾向にあるのかを認識することも大事ですね。もちろん、どっちかだけが重要とか、どっちかは不要とかいうのではなくて。

結構、何を重視するのかによって、拠って立つ理論は変わってくるのかもしれません。
2007/07/18(水) 01:54 | URL | セーイチ # 6fwIY24o [ 編集する]

セーイチさん、こんにちは。
現実重視から内的世界重視に変遷していったということは、客観的事実重視から、患者さんの心的現実重視に移っていった、という理解で良いのでしょうか?それとも、フロイト自身の内的世界を重視した。という意味なのでしょうか。
自分自身がどちらを重視するか、、、。まだ、どちらが良いとか言えるレベルではありませんので、これから幅広く学んでいく中で、しっかりと認識していきたいと思います。今の段階では、心的現実も重要だけれど、客観的な事実は、より重視したほうがいいんじゃないかなって思っています。できれば精神分析をやってみたいと思っているので、今後も是非勉強させて下さいね。お忙しいところ、お答えくださってありがとうございました。応援クリックぽち☆
2007/07/18(水) 08:53 | URL | ゆみっちょん♪ # I.K6Pi7I [ 編集する]

フロイトの臨床経験の中で患者さんの報告と現実とのつじつまが合わないケースにどんどんと遭遇していったというところが大きな要因みたいですね。

患者さんが性的誘惑を受けたといっているが、実際にはそういう事実がなかなか見出せない。しかし、その誘惑を受けたという患者さんのリアリティが分析を行う上でとても重要になってくる。

そういう体験をフロイトがしていく中で、徐々に外的現実ではなく、心的現実が重要という風に理論を改訂していったんだと思います。

そういう意味で、フロイトは自説に必要以上に信奉するというよりは、経験に開かれた態度をもっていたということなんでしょう。
2007/07/19(木) 01:01 | URL | セーイチ # 6fwIY24o [ 編集する]

そうなのですか、、、。現実には、確かにこういう事があったのだけど、患者さんは事実に則していない話をしている。妄想なのだろうか。でも、何故そんな風に思ってしまうのか。思わざるを得ないのか。という点を分析していったという意味ですよね?
自分自身を通して得られた感情を分析の対象にしてしまうところがスゴイ!です。
よく学者さんで、自説に拘り過ぎて視野が狭くなってしまう、いわゆる「専門バカ」的な人っているけれど(スミマセンこれはウチの主人です^^;;)フロイトはとても柔軟な考え方をしていたのですね。
柔軟性って科学的な思考をするのにも大事なモノなのかもですね。
2007/07/19(木) 10:09 | URL | ゆみっちょん♪ # I.K6Pi7I [ 編集する]

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