発展途上臨床さいころじすとの航跡blog版 タスティン入門-自閉症の精神分析的探求(精神分析 臨床心理 心理療法)
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 本書は、クライン派精神分析家であり、自閉症・精神病児の精神分析的治療・精神分析的研究の第一人者であるタスティンの理論を紹介した書籍である。しかし、入門書となっているものの基本的な精神分析の知識やクライン理論・対象関係論の理論を前提にしているところがあり、さらにその上で、タスティン独自の用語(カプセル化、混乱錯綜、ブラックホールなど)が出てくるので、まずは基本的な精神分析理論を分かっていないとなかなか読み進むのが難しいかもしれない

 さらにタスティンの理論を単独で紹介することに留まらず、タスティンの生育歴からどのような経緯で自閉症に関心をもったのかや、フロイト-クライン-ビオンといった精神分析の歴史的な流れの中に位置づけらて紹介されているところはとても重要である。さらにメルツァー・オグデン・アルヴァレズといった同時代の分析家との交流の中でタスティンの理論は発展していっている。特にビオンはタスティンの分析家ということで、その影響は大きく、ビオンの理論はタスティンを理解するうえでは多少なりとも頭に入れておく必要がある。なので、フロイト以降の分析家との相互交流を抜きにしてはタスティン理論を真に理解することはできないのである。

 自閉症の理論や治療については世界的なスタンダードとして生物学的理解や行動分析的治療があり、最近ではTEACCHといった教育的アプローチが効果的であると言われている。反対に自閉症の精神分析的自我心理学の理解や治療については、母原病の否定以来あまり世間的には注目・関心を向けられることはほとんどなくなっていった。

 タスティンの自閉症の精神分析的研究ではそういったアメリカにおける精神分析的自我心理学の方向性とは全く違い、生物学的な要因を否定したり、単一の原因論ですべてを説明しようとはしていない。さらに、精神分析的理解や治療は行動分析的治療を否定し、取って代わろうとするものではないと本書では明記されている。

 しかし、一方でTEACCHや行動分析などの対応の欠点も指摘している。それは認知や思考を焦点にしすぎており、自閉症の感情や情緒の取り扱いを行っていないというところである。確かに行動分析やTEACCHでは学習面や思考形式についてはかなり発達した研究や理論構成を行っているが、感情や情緒については、「パニック・かんしゃくを起こさないようにする」といったぐらいの理解であり、避けるべきものとしてしか見ていないところはあるように思う。この点に関して、タスティンは自閉症のパニックやかんしゃくの背景にある不安のメカニズムを解明し、そこで自閉症児が実際にどのような体験をしているのかをリアルに理解していこうとしている

 タスティンの自閉症理論は生物学的な要因を大きくは認めつつも、自閉症特有の傾向や症状を根源的不安に対する防衛であると理解しているところはとても斬新なところである。自閉症の感覚優位や常同行動というのはそれ自体が自閉症児にとって安心をもたらすものであり、それなくしては破滅的な不安・解体的な不安に暴露されてしまうのであり、それを回避するための必死の防衛作用なのである。このような視点から自閉症をみると、自閉症の症状といわれるものに対する認識が変化し、援助者や治療者のモチベーション向上につながるという効果があるだろう。

 さらに精神分析的な発達論の特徴であるが、さまざまな精神疾患における不安や体験というのは人間ならば誰でも発達過程の中で一時的にせよ体験しているという視点を持っている。自閉症の感覚への逃避や根源的不安も同様に人間であれば最早期の発達過程の中で誰しもが体験しているのである。これが客観的事実であるとする科学的証拠があるわけではないが、自閉症の不安や思考を理解し、共感を向けていくことができるということは、やはりどこかで自閉症と同じ体験をしているということになるのかもしれない。

 さらにタスティンは精神分析的治療の可能性を模索する上で、自閉症をカプセル化タイプと混乱錯綜タイプに分類している。そして、自閉症の心因についても述べ、そこを発見し、焦点化していくことの可能性も本書では紹介されている。

 また、実際の自閉症の精神分析的治療の実際についても述べられている。しかし、一般的な精神分析的な児童分析や精神分析療法をそのまま適用することはできないとタスティンは結論しており、技法の改訂をも行っている。具体的には従来の精神分析的治療はパッシビリティを強調しているが、それを遵守していると自閉症児に治療者がモノ化されてしまい、家具やおもちゃの一部として認識されてしまい、そこに人間らしい生き生きとした交流がうまれなくなるとしている。そのため、タスティンは分析室と日常を分ける工夫やアクティブに介入していくことを推奨し、それをケースをもとに紹介している。確かに自閉症の治療で治療者が動かず、ただ単に言葉かけをしているだけではラチがあかないことは多いだろう。それを考えるとタスティンの技法の改訂はうなづけるものである。

 上にも書いたが自閉症の治療や対応といえば現在では行動分析・行動療法、TEACCHが主流である。確かにその治療効果は否定するものではないが、自閉症の本来的な体験を理解し、不安を抱えていく対応は精神分析的な理論の元でしていく必要はあるかもしれない。自閉症の情緒や感情はそれ自体がとても重要であり、なおざりにされてはならないものであると本書を読んでいると痛感する。


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コメント
この記事へのコメント
こんばんは。
>自閉症の情緒や感情は
>それ自体がとても重要であり、
>なおざりにされてはならないものである
ということ、たしかにその通りだと思います。

自閉症を持つ子どもたちへのクライン派のセラピーを専門とするセラピストたちを近くで見ていて、その方々の熱意や夢に脱帽すると同時に、このアプローチを実践することは、相当難しいことだなあと感じています。

しかし、子どもたちの側から見れば、「認知・行動」に対するアプローチと、「情緒・感情」に対するアプローチが別々になっているのは、不便だし不利益だなと感じます。

TEACCHは、カードを使ったアプローチなどがよく取り上げられますが、本来は「包括的」な支援であるところに特徴があり、精神分析の側から見るほど、偏ったものではないように思います。もっとも、本場以外では、偏ったやり方で流布してしまっている面があるかもしれませんが。

本当の意味で「包括的」なアプローチが創造されるために、クライン派アプローチがやろうとしていることが、学派の外側からも理解しやすく、エビデンスが見えるものになれば、ずいぶん違うかもしれませんね。理想ですが。
2007/07/09(月) 21:32 | URL | つなで # pQ7rX4Hg [ 編集する]

実は現在、僕は自閉症児専門のクリニックで働いているんですけど、ほぼ検査だけの仕事なので、セラピーをしていません。

検査後にどのような療育や援助が必要で、どうすることが良いのかといったことには実はあまり理解できていないところがあったりします(^^ゞ

だから、クライン派の介入技法がどのように有効なのか、それがどの程度現実とマッチしているのかは本当に想像することしかできないんですけど、独特の用語を使っているし、そして操作的定義もあまりできていないし、エビデンスを積み重ねるというのとは何か違う方向性でいっているように感じました。本書を読んで。

なんか職人気質の職人芸だなって感じです。
2007/07/10(火) 11:42 | URL | セーイチ # 6fwIY24o [ 編集する]

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