発展途上臨床さいころじすとの航跡blog版 共感と解釈-続臨床の現場から-(精神分析 臨床心理 心理療法)
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共感と解釈というと、僕が心理臨床の勉強を始めたころは水と油で、全く違うものであり、相容れないと考えていました。しかし、そうではなく、お互いが相補的、もしくはほとんど同じものという感覚はとても理解できるものです。

そうはいっても、この二つの概念についてはそれぞれが色々な考えや思いをもっており、統一的なものとして定義したり、確定したものとして扱うことは難しいと思います。本書では12名の執筆者が思い思いのことを書いており、そこに共通性がありつつも、やはり全く重なり合うものではないように思います。

僕のつたない経験から述べると、解釈というのは世間的に知られているように、冷たいものでも、秘密を暴くものでも、一方的に働きかけるものではありません。共感も同じように、ただ理解するだけでも、感情を受け止めるだけでも、同じ気持ちになることだけでもありません。

解釈をする場合にも、一方的な押し付けではなく、治療者が今ここで何を感じており、それがどのような背景から出てきたのか。そして、患者の力動だけに触れるのではなく、その裏に隠された悲しみや傷つきや苦しさといった情緒に届くような介入が必要となってきます。そこには患者の感じている感情や情緒に対する自然で率直な治療者の思いが不可欠になってきます。

共感についても、ただ表面的な言葉だけをとらえた返し方でもなく、感情だけに焦点をあてた返し方では、共感とは言えないように思います。今ここで生起している感情を把握しつつも、そういう感情がどこから生まれてきたのか、どういう背景があるのか、どういう経過があったのか、などの個人的歴史を踏まえた上でようやく共感できるものと思います。

また、解釈も共感もそれが一時点の中で、できた!と完了するものではなく、継続的に進行していくものです。それも「解釈し続ける・共感し続ける」のではなく、「解釈しようとし続ける・共感しようとし続ける」といった強い意思の表れだと思います。そういう態度を持ち続けることが臨床の中で重要ではないかと思います。

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