発展途上臨床さいころじすとの航跡blog版 ジョークの危険性(精神分析 臨床心理 心理療法)

臨床心理士ピュアリーの心理臨床・精神分析に関する日記。

 統合失調症者に対してジョーク・比喩・例え話をすることがどういう意味を持つものなのかについて考察する。

 精神科などで働いていると統合失調症の患者さんと接する機会は多くなると思う。中でもデイケアに通所していたり、外来のみの診療でいけているようなレベルの高い患者さんは一見するとそれと分からないぐらいである。しかし、細かいところを見ていくと、統合失調症の残り香のようなものが散見される

 その一つがジョークを言われたときの反応である。統合失調症の人、それぞれで違うが、デイケアの職員さんや家族からジョークを言われたときに、彼らはそれを真に受けてしまうことがよくある。もしくは例え話や比喩などを言ったときに、それが現実のものとして理解する節がある。また、それらが知的能力に問題があってのものではないのである。

 知的能力の問題というよりも、かれらの思考形式がとても具体的なレベルで働いており、象徴機能に障害、もしくは成長していないことが考えられる。いわゆる認知障害の一部と言えるかもしれない。かれらの人間関係の微妙なニュアンスを拾うことが苦手であったり、相手の意図を推測することに対する不得手さも関係しているだろう。

 クラインが器官的な言葉による解釈を推奨したり、ビオンがベータ要素と呼んだことも、これらのことを関連しているのかもしれない。

 これらのことから統合失調症者に対してどのように対応するのかが見えてくるが、日常的・一般的に関わる場合には、ジョークや比喩はあまり用いない方が良いだろう。心理療法の中で関わる場合には、何か介入をしたり、言葉で伝えたりするときには、曖昧な部分はできるだけ排除して、比喩やたとえを使わない綿密な説明が必要である。それとともに端的で短いものなら、なお望ましいだろう。


コメント
この記事へのコメント
>かれらの思考形式がとても具体的なレベルで働いており、象徴機能に障害、もしくは成長していないことが考えられる

これはよくわかります。
発症することで、象徴機能に障害が生まれたのか、
それとも元来持つなのかは、その人の生育歴を知らないとわかりませんが。

ただ、家族などからお話を聞くと、そういったジョークや比喩などの表現が家族内であまり用いられてなかったような感覚を、
私は病院臨床時代は感じました。

もしくは、家族内でダブルバインドのメッセージが多用されていて、
クライアントがその中で引き裂かれるような思いをかなり以前から受けていた場合もあると思います。


こっから先はちょっと話がずれるかもしれません。


前者の場合を考えると、
統合失調症に罹患されてしまった患者さんの多くに、アスペルガーや広汎性発達障害的な傾向を持つ人が多いように思います。

これらの人は、自分たちから他者に働きかけたり相互作用するスキルが未発達なため、被害的な認知など偏った認知や、フラッシュバックなどによる記憶の再構成を行うことが頻繁にあります。

そういった意味で、私は現在、自閉傾向を持つ子どもたちが、偏った認知にならないよう、その子やその保護者、そしてその周囲の人たちにできるかぎり、働きかけていこうと考えています。


このような子どもたちが社会の中で孤立化し、ただでさえ変化に弱い中、追い詰められ、発症しないことを望むまでです。
2007/02/21(水) 21:09 | URL | きゅう # f3w0QkJ. [ 編集する]

ジョークや比喩は、いわゆる中間領域を扱う能力を反映しているようにも思います。

>だから、心理療法の中で関わる場合には、何か介入をしたり、言葉で伝えたりするときには、曖昧な部分はできるだけ排除して、比喩やたとえを使わない綿密な説明が必要である。


そうですね。比喩やジョークを使うと、患者さんは、混乱するしやすいかも。



>かれらの思考形式がとても具体的なレベルで働いており


発症することで、広い意味で退行してしまうことも要因の一つでなの、でしょうか。


当初硬かった患者さんが、ジョークなどをこぼすようになったら、ああ、大分心の中にバッファ(余裕?)ができてきたな、回復してきたんだな、とちょっと安心したりもした覚えがあります。


>また、それらが知的能力に問題があってのものではないのである。

シュープ繰り返すと、脳がやられるから、統合能力や知的能力も落ちちゃうけどね・・・。

余談ですが。
2007/02/21(水) 21:27 | URL | きゅう # f3w0QkJ. [ 編集する]

確かに、回復のプロセスで「冗談段階」みたいなのがありますね。冗談が通じるようになって「ああ、良かった」みたいなレベルまで戻ること。ことわざの意味を尋ねて回復レベルを見るのって中井先生だったかな。あれも同じことだろうか?
それとは別に、アスペルガーの人が「統合失調症」と誤診されている可能性もあると思いますよ。TEACCHを使ったほうが良いケースとか。
2007/02/22(木) 00:40 | URL | ぽっき # mQop/nM. [ 編集する]

いつもコメントありがとうございます。コメントをもらうと色々と思索を深めることが出来て、大変有意義な体験をしているように思います。

>きゅうさん

>ジョークとダブルバイント

思いついたのですが、この二つって意外と近い種類のものかもしれませんね。親戚関係と言うか。

ジョークの場合、一つの言葉の中に二つの要素を組み入れます。表面的にはネガティブなことを言っていて、中身はポジティブで暖かさがある。通常であれば、そこに面白さや温かみを感じ、笑えてくる。うまく機能すると二人に共有感覚が生じて、距離が一気に縮まります。

しかし、ダブルバインドの場合だと、表面的にはポジティブな気持ちを伝えているけど、中身はネガティブなものを含んでおり、どのような反応もすることが出来ない、メデューサの目のような機能が働きます。

これらはもちろん一概には言えないです。治療的ダブルバインドという技法(理論?)もありますし、人を傷つけるジョーク(例えばほめ殺し)もありますから。


>アスペルガーと統合失調症

そうですね。統合失調症様の症状があるけど、実際にはアスペだったという事例は聞きます。僕はそこまで正確に理解できる能力があるのかないのか分かりませんが、やはり生育歴などを綿密に聴取することで少しは誤診を少なくすることが出来るのかもしれません。

そういえば、昔には接枝分裂というのがあったようですが、最近は聞きませんね。昨年の分析学会で接枝分裂の事例発表があったのを思い出します。


>回復プロセスでのジョーク

WAIS−Rにことわざの問題とか少しありましたね。そういう項目も一つの指標になるのかもしれません。例えば、「単語」は高得点なのに「理解」や「類似」などが低いとか。抽象度が高くなると、途端に点数が低くなるのかな。


>統合失調症とジョーク

この記事は統合失調症の人と関わってて、なんとなく思っていたことを書いただけで、もしかしたら「そんなものはない!」って否定されるかなって恐る恐る書いた記事だけど、一応「ある」って反応でホっと一息つけました(笑)。あーよかった(⌒-⌒)
2007/02/22(木) 10:50 | URL | セーイチ # 6fwIY24o [ 編集する]

ただ、象徴機能の障害とは思えないなあ。最近ニコラス・ハンフリーの『赤を見る』を読んで、「感覚」と「知覚」とをわけて考えるようにしています。第一次視覚野が壊死した患者さんでも、じょうずに障害物をよけて歩くことができる(感覚レベル)。なのに本人は「目が見えない」と症状を訴える。「じょうずに歩いてきたじゃないですか」と尋ねると、「いや、私は歩いていない」「ここまで連れてきてくれた人がいるんです」と事実を否認する(知覚=象徴レベル)。
この感じが、統合失調症の極期にいる人と似ていると思います。「妄想」が作れるということは、きちんと象徴機能が働いているからで、それとは別の「何か」の裏付けを欠いているために、少し違う方向に事実を再組織化してしまうのではないだろうか。でも、その「何か」の見当が僕にはつかないんですけどね。
2007/02/22(木) 23:13 | URL | ぽっき # mQop/nM. [ 編集する]

色々と書いていたら長くなってしまったので、新しい記事として書きました。すいませんが、よろしくお願いします。

「象徴からみる統合失調症と自閉症」
http://purely0307.blog79.fc2.com/blog-entry-128.html
2007/02/23(金) 10:26 | URL | セーイチ # 6fwIY24o [ 編集する]

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