発展途上臨床さいころじすとの航跡blog版 (精神分析 臨床心理 心理療法)
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本書はこれまでの刊行された論文を集めたもの。主に強迫性障害の認知行動療法や薬物療法についてことが盛り込まれている。強迫性障害のこれまでのエビデンスを見ると、SSRIや曝露反応妨害法がもっとも効果が高いとされてきている。しかし、本書で筆者は、そのようなエビデンスは統制されたプロトコルでの治療であり、現場はもっと重度で複雑なので、簡単に行動療法ができない場合もあり、臨機応変にしていくことが必要である、と言っている。これは本当にそのとおりのことであるだろう。

そして、本書では強迫性障害でもスムーズに曝露反応妨害法に導入できないような重度で複雑なケースが多く提示され、そのなかでどのように試行錯誤しているのかが示されている。つまり、かなり実際の現場の感覚が反映されているものと思われる。



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メラニー・クラインは1957年に「羨望と感謝」という論文を著し、原初的な攻撃性の理論に一つの概念を追加した。それに対してウィニコットは4つの論文・書評・シンポジウムでなどで自身の意見や反論をしている。

クラインは羨望について「破壊的な衝動の口唇―サディズム的、かつ肛門―サディズム的な表現であり、人生の最初から作用しており、体質的な基盤をもつものである」としており、生物学的・生理学的・先天的に存在する攻撃性としてクラインは理解していたようである。それは分析関係の中において転移のある側面として分析家に対する羨望としてあらわれることがあるのである。

ウィニコットの主張はいくつかあり、羨望の存在自体には異を唱えていない。ただ、羨望は体質的な基盤を持つものではなく、環境側の要因に起因し、反応的に起こるものである、という理解をしているようである。それは乳児が対象である母親を見出していく脱錯覚の過程であらわれる副産物であるとしている。

つまり、クラインは羨望を体質的なもの、ウィニコットは環境に対する反応としてみているところが決定的に違うところなのである。



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スクールカウンセラー事業が始まったのが1995年なので、それから6年後に書かれたもの。まだスクールカウンセラーの基礎ができていない時期で、模索途中を何とか形にしたのが本書。日本ではスクールカウンセラーは主に臨床心理士が業務にあたっている。そして、面接室の中に閉じこもるような心理療法だけはなく、教師や外部機関との連携が大きな役割となっているのが特徴である。また、アメリカでは主に授業や学習のサポートをする学校心理士と、メンタルヘルスを担当する学校カウンセラーと違うが、日本ではその両方を担っているのがスクールカウンセラーであるといえる。そのあたりについては本書の第1章で詳しく説明されている。

第2章では、実践編として、発達別・病態別に問題を整理している。2001年の出版ということもあって、情報が古いところもあり、例えば統合失調症は昔の病名である精神分裂病のままである。また、どちらかというと実践編ではあるが、一般論的な話が多いようにも思う。第3章では、「これからのスクールカウンセリング」ということで主に連携について説明されており、第4章では事例が載せられている。


D.W.ウィニコット(著) 「マイクル・バリント“The Doctor,His Patient and the Illness”の書評」 1958年
D.W.ウィニコット(著) 北山修(監訳) 「ウィニコット著作集7 精神分析的探求2 狂気の心理学」 岩崎学術出版社 1998年 pp190-196

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バリントは一般開業医の仕事をとおして、精神分析の窓口を広げる試みを“The Doctor,His Patient and the Illness”の論文で行っている。バリントの提起した公式によると「最も重要な薬物は医師自身である」ということである。それは単に薬物の生理学的作用だけではなく、どの医師が処方したのかによって効果が変わってくるということかもしれない。これをプラセボと言うか言わないかは別として。そして「一般開業医は何十年にも渡って利用可能であるので精神療法を終わらせる必要が無い」ということである。精神分析であれば分析が終結した後に再び患者が戻ってくると分析の何かが不備だったのではないかと考えるが、一般開業医の場合では患者が戻ってくることは至極当然のことである。そのため、精神療法を繰り返し、何度でも行えるという利点があるのである。

他にもバリントは「患者の提示と医師の反応」「匿名の共謀」「一般開業医の訓練」「使徒的役割」「行動化の取り扱い」などについて詳細に検討しており、ウィニコットはそこに付け加えて自身の考えを述べている。

例えば、「匿名の共謀」については「責任ある関係者の分散について」とウィニコットは捉えなおしている。つまり、バリントが1人の患者にたくさんの関係者が関わると中心的な問題が引き裂かれてしまうと構造的な問題を指摘しているが、ウィニコットはそこには精神医学的な障害が分散の原因になっていると主張している。

また、バリントが行動化に振り回される一般開業医について述べているところに関して、ウィニコットはそうした周辺的な行動化に振り回されつつも、何が無意識的な中心テーマかを理解できていれば良い、としている。

バリントとウィニコットはどちらも独立学派に類する分析家であるが、その共通点と相違点がよく出ているように思われる。



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平成18年に開催された日本認知療法学会で、クラークとエーラーズがそれぞれ対人恐怖・PTSDの認知行動療法の講義とワークショップを行ったものをまとめたのが本書である。

対人恐怖は日本古来からの呼び名であり、DSM-4では社交不安障害と呼ばれている。クラークはこの社交不安障害が維持する要因として、「注意の内側へのシフト」「内的な情報に基づいた推論」「安全行動」の3つを挙げた。そしてこれらから社会不安障害の認知モデルを組み立て、治療技法をパッケージ化している。主には注意トレーニング・安全行動を外した際の行動実験・記憶の意味の書き直しなどが中心的な技法となっている。特徴的なのは最後の「記憶の意味の書き直し」であるが、トラウマワークから生み出された技法のようであるが、過去の社交不安障害に結びつく記憶を検索し、イメージやロールプレイなどを用いてそのネガティブな体験を修正していくのである。クラークは「記憶の意味の認知的再構成」とも言っている。

後半にはエーラーズのPTSDに対する認知行動療法が掲載されている。PTSDは自分や身近な人が命に関わるような外傷的な体験をした後に発症する不安障害の一種である。しかし、外傷体験をしたからと言ってすべての人がPTSDになるわけではないし、PTSDになったとしても自然治癒していく割合が高いのも事実である。そこでエーラーズは慢性的なPTSDに移行する要因を検出する研究を色々と行っており、その中で「精神的敗北感」「反芻の強さ」「心理的問題の既往」の3つが重要であることを見出している。そして、治療の主な技法として「トラウマ記憶のアップデート」「想起刺激の弁別」「ネガティブな評価の修正」「反芻など維持行動の除去」が用いられている。

これまでのPTSD治療では長期的エクスポージャーなどが用いられることもあったが、エーラーズの認知行動療法ではエクスポージャーなどを用いず、トラウマに向き合うことも目的は馴化ではなく、認知再構成法であるとしている。そのためか、長期的エクスポージャーよりもエーラーズの認知行動療法の方が脱落率も効果量も優れているとRCT研究で示されている。
D.W.ウィニコット(著) 「マイクル・バリント“性格の型:無鉄砲な人と用心深い人”」 1954年
D.W.ウィニコット(著) 北山修(監訳) 「ウィニコット著作集7 精神分析的探求2 狂気の心理学」 岩崎学術出版社 1998年 pp183-190

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バリントの有名な分類にフィロバットとオクノフィリアがある。前者は危険を顧みずスリルを楽しむ人であり、後者は危険ではないのに危険だと認知して何かにすがりつく人である。

これらの2つのタイプは防衛や退行で捉えることができ、中間的な状態もある。そしてこの両極のタイプはお互いに関連しあっており、互いが互いの逃避であるとウィニコットは言う。このような交互に現れる防衛は、糞便へのしがみつきとお漏らし、歩行と依存など臨床的によく見られるようである。

これらのことをウィニコットはほどよい養育や環境の失敗によって起こってくることがあると指摘し、さらには健康な状態であっても、依存と独立などの現象に見られることがある、としている。



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タイトルに表されているように、これからまだスクールカウンセラーをしてなかったり、スクールカウンセラーを始めてから1年未満の新人を対象にした本。どのように学校という中に入っていき、心理臨床を行うのかについて分かりやすく書かれている。

スクールカウンセラー事業は1995年ぐらいから始まり、今年(2012年)で17年ほどになる。1995年というのは阪神淡路大震災のあった年なので、その混乱の中で生徒のケアをするという目的もあったのかもしれない。そして、当初はスクールカウンセラーは臨床心理士、精神科医、大学教員といった人たちが仕事にあたっていたが、精神科医や大学教員はほとんどが常勤で他に仕事をもっており、なかなか週1~2回だけ来るということは難しかったようである。反面、臨床心理士はそのほとんどが非常勤を食いつないで仕事をしているので、スクールカウンセラーに応募しやすかったようである。その為、今ではスクールカウンセラーは主に臨床心理士があたっており、ある調査ではスクールカウンセラーの80%が臨床心理士のようである。

そして、17年たった今でもスクールカウンセラーという制度は継続し、さまざまな発展を遂げているようである。

本書の内容に戻るが、スクールカウンセラーをしていく上で、連携の取り方や守秘義務の守り方、面接の持ち方など痒いところに手が届くような細かい部分がたくさん書かれている。そして、それはスクールカウンセラーをしていく上での基本的なところでもある。ただ、スクールカウンセラーをする上では発達障害や精神疾患、心理査定、心理面接技法などさまざまな知識と技術が必要であるが、そのことについては本書ではあまり触れられてないので、それは他書で学んでいく必要があるだろう。

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本論文はウィニコット後年に理論化していった「対象の使用」ということについて論じた7つの論文を一つにまとめたものである。

ウィニコットによると主体が対象を使用できるようになるためには以下の5つのステップが必要であると言っている。

(1)主体は対象に関係する
(2)対象は主体によって世界の中に位置づけられるのではなく、見出されていくものである
(3)主体は対象を破壊する
(4)対象は破壊から生き残る
(5)主体は対象を使用することができる

つまり対象は内的なものではなく外的なもの・現実的なものであり、それと万能的なものの領域外にあると知るのである。そしてその対象は報復しない、攻撃しないということも重要な点である。これは乳幼児が現実的な親をいかに見出していくのか、ということと、分析設定の中で患者がいかに分析家や分析家の解釈を使用していくのかにも繋がってくるのであろう。

これらのことを夢や事例、フロイトの論文「モーゼと一神教」などを利用しながら考察している。

また、ウィニコットはこの対象の使用についてニューヨークで講演をしたこともあるよう。しかし、内容が全く理解されず、かなり落胆し、体調を崩してしまうほどであったとのことである。当時のアメリカ・ニューヨークは自我心理学が隆盛を極めていたので、ウィニコットのような対象関係論的な視点は全く受け付けないものだったのだろう。



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自習帳と題されているようにユーザー向けに書かれたセルフヘルプ本である。認知療法のエッセンスを凝縮し、本当に大切なことを本当に平易で分かりやすく、専門用語をあまり用いず、日常用語に近い形で書かれている。

内容としては、認知療法を概要を説明した上で、(1)ストレスに気付く(2)問題をはっきりさせる(3)認知再構成法(4)問題解決技法(5)対人関係療法(6)スキーマ療法の6つのテクニックを分かりやすく、簡便な手順で紹介している。

もちろん本書を読むだけで習得はできないので、ペンと紙をもって実際に書きながら行わなければいけないが、ある程度は本書だけで身につけていけるようになっている。これらだけで改善する人もいるだろうし、改善できなければ実際に専門家と一緒に取り組む必要があるかもしれない。

また、本書から離れるが、最近はスマートフォンのアプリでも認知療法があるという(→こちら)。これから画面に打ち込むだけで認知療法ができるので、さらにお手軽かもしれない。

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ウィニコットの考えることについての仮説は「考えることは自我ニードに対する適応の失敗と緊張に次ぐ緊張を生み出す欲求不満の二つに乳児が耐えるためのメカニズム」であるとしている。そして、「考えることは母親の世話の代わりとして振舞っていたり、また偽りの自己が乱用された知性の形をとって発達している」領域をウィニコットは探求しようとしているようである。

そして、一つの症例を用いて考えることを考えている。一言で言うと、転移神経症が発展し、患者が現実的にしてしまった失敗を分析家がいなかったからであるといっている症例である。しかし、この反応は分析が休みになったことにたいする反応とも言え、そういう文脈では確かに分析家の失敗であると言える。そのような役割を分析家は敢えて引き受けていかねばならないのである。

このようなプロセスを経ることによって、考えることや象徴機能が形成されていくのかもしれない。


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