発展途上臨床さいころじすとの航跡blog版 (精神分析 臨床心理 心理療法)
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D.W.ウィニコット(著) 「新生児と母親」 1964年
ウィニコット著作集1巻 “赤ん坊と母親” 岩崎学術出版社 pp45-59

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 本論文ではホールディングが赤ちゃんの発達にどのように影響を与えるのかということと、統合失調症と赤ちゃんの原初的体験との連続性について書かれている。

 ホールディングを十分に体験できていない赤ちゃんは成長が歪められ、苦痛が人生や生活の中に入り込んできてしまうのである。母親は赤ちゃんに補助自我機能を提供することにより、赤ちゃんは健康に育つことができるのである。これが直接統合失調症につながるとウィニコットは明言しているわけではないが、精神分析によって探索がなされていくと、統合失調症のような重篤な患者は幼少期のホールディングの欠如に突き当たるようである。そのため、分析家は分析治療の中でホールディングしていくことが必要になってくるようである。

 分析家の態度やスタンスはさまざまであるが、ウィニコットにとっては分析家とは育児をする母親の態度と同じだと見ているようである。ホールディングし、補助自我機能を担うことで停滞していた発達が再び分析治療の中で動き出すということなのかもしれない。



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 本書は2006年に上智大学で行われた講義録であり、上巻では春学期に行われた主にフロイトやフロイトの時代の精神分析について書かれてある。そして、下巻では、秋学期に行われたフロイト以後の精神分析、主に対象関係論を中心に書かれてある。

 本書でも繰り返し言及されていたが、単に並列的に精神分析の知識や技術をまるで完成品を扱うかのように講義しても、精神分析の本質については理解できない。創始者やその理論を唱えた人がどのような生育歴をたどり、どのようなパーソナリティを持って、どのような臨床を行ってきたのかを追わなければ分からないのである。そして、もっと大事なことは、知識や技術を本を読んだだけで分かったかのようになったり、自分もできるというふうにはならないのである。パーソナルな臨床を続け、その臨床体験とこれまでの理論との対話を行うことで練り上げられていくものであるとしている。

 フロイト以後の精神分析の大きな流れとして、著者は対象関係論を挙げており、その他にも自我心理学やラカン派なども取り上げている。しかし、自己心理学などは著者自身がきちんと学んでいないということもあるかもしれないが、本書では取り上げられていない。ラカンについても本書では「精神分析の切り口の一つとしてその考え方は面白いが、実践が見えない上、営みとしての精神分析が感じられない」として、どちらかと否定的な扱いを受けている。それは同感に思うところである。

 さらに、50年代60年代のアメリカでは精神分析は精神医学と融合し、大きな発展を遂げた。と同時に失ったものも大きいようである。精神医学的な治療技法としての精神分析は衰退し、生き方や人生を見つめなおすための実践としての精神分析にシフトしてきているようである。それはイギリスのモデルが大きいようだが、医療とは一線を画する形で精神分析は生き延びるものと思われる。確かに精神分析の実践を行っていると、治療をし、症状を消去するという意味では精神分析はあまり有用ではないというのは僕も実感している。単に症状消去だけなら他の治療方法を使った方が良いだろうと思う。そうではなく、精神医学や精神医療の土台には乗らず、一応社会的な適応はできているが、根本的な困難を抱えている人に精神分析は大変役に立つものと思われる。自分の不安や葛藤に直面し、根本からありようを変えて行こうとするところに精神分析の存在意義はあるのかもしれない。そういう意味でも医療とは切り離した精神分析の実践のモデルを今後作っていく必要はあるだろう。



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 認知行動療法はマニュアル化が進み、それに沿ってある程度は施行することができる。しかし、実際の臨床ではマニュアル道理に進まなかったり、不測の事態が起こったりするものである。そうした認知行動療法を施行していく上で、細々とした問題にどう対処をするのかといった観点から本書は構成されている。実際の非適応的思考の発見の仕方から、治療者自身の抵抗なども取り上げられており、まさに痒いところに手の届くようになっている。

 その為、本書はある程度は認知行動療法の基本を学び、施行している人が読むと大変良いように思う。また、ボリュームも多いし、100項目がそれぞれ独立して書かれているところもあるので、全てを一気に読むより、必要なところをピックアップして読んでも役立つと思われる。



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 EBMとは根拠に基づく医療のことであり、以前までは経験と勘に頼っていた医療の欠点を変えていこうという考えの下で発展してきた。すなわち、さまざまな研究や知見を実際の臨床にどのように生かしていくのかを考えるのがEBMである。

 しかし、EBMの誤解として様々あり、例えば「個別の患者を無視している」や「データのみに頼って人間性がない」などの非難がされることもある。しかし、EBMは単に科学的データだけに頼った医療ではないし、ましては人間性がないというのも的外れな非難である。EBMは個別の患者から始まり、個別の患者で終わると言って良いほど、目の前の患者に何が役に立つのかを最優先事項で考えているのである。そこで以下にEBMの5つのステップを転記する。

(1)患者の問題の定式化
(2)問題についての情報収集
(3)情報の批判的吟味
(4)情報の患者への適用
(5)1~4のプロセスの評価



 EBMと聞くとどうしても(2)や(3)の情報(研究結果)などが注目されがちで、それを機械的に患者に適用するイメージで語られることが多いかもしれない。しかし、研究結果だけから判断するのではなく、患者の個別の問題と研究結果を統合して、臨床的な判断を下したり、治療をしたりすることがEBMの理念となっている。また、治療した後、ほったらかしではなく、その後の経過を観察し、治療や診断が妥当であったのかを振り返るということも重要なステップとなっている。それからするとEBMは極めて個別の患者に即した対応をしていると言える。

 そして、参照する(2)や(3)の情報(研究結果)にはどういうものがあるのかというと、以下のエビデンスレベルによって示されている。

(Ⅰa)ランダム化比較試験(RCT)のメタ分析による
(Ⅰb)少なくとも1つのRCTによる
(Ⅱa)少なくとも1つの非RCTによる
(Ⅱb)少なくとも1つの準実験研究による
(Ⅲ) 非実験研究(観察研究)による
(Ⅳ) 専門家による報告や意見、権威者の経験による



 RCTは大変有名で、治療方法の効果を測定するのには有用な研究方法である。しかし、RCTで効果があると検証されることだけで全てがそれで良しということにはならない。RCTと言えども欠点はある。それは外的妥当性の低さによるものである。RCTで対象とした患者に平均的に効果があると結果が出ても、それが実際に目の前にいる患者に適用できるのかはまた別問題なのである。それは選択バイアスをコントロールできないということから来ているとも言える。それでも、情報バイアスや交絡因子をコントロールできるという優れた点があるため、エビデンスレベルでは上位に位置づけられているのである。そして、RCTの欠点を補う形でコホート研究・症例対照研究などがある。これらを総合して多角的に研究していくことが大事なのである。

 そして根拠となる研究の検索や収集方法についても本書では紹介されている。インターネットで検索できるものから購読を必要とするものまで様々である。しかし、それらの情報は膨大で、全てに目を通すことは事実上不可能である。その為、原著などの一次資料ではなく、レビューやガイドラインなどの二次資料を有効に活用し、日々の診療の中で可能な範囲で「楽をする」ことが必要である。

 このようにEBMは単に信頼できる研究結果だけを参照して医療をするというよりは、目の前の患者さんに何が役に立つのかを考え、妥当性の高い方法をその患者に即して使っていくということを目指すものであり、医療全体のレベルを上げていくことにつながる理念のようなものであると理解すると良いだろう。その為の入り口としてこの本は簡潔でよくまとまっており、概要を把握するのには最適な一冊であると思われる。



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D.W.ウィニコット(著) 「コミュニケーションとしての母乳栄養」 1968年
ウィニコット著作集1巻 “赤ん坊と母親” 岩崎学術出版社 pp35-44

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 ここではウィニコットの発達論的な視点が分かりやすく論述されている。そしてそこに母乳がコミュニケーションという重要な役割を負っていることが明らかにされている。赤ちゃんは物理的な環境の中で守られ、養育されるが、まさに母子一体というのにふさわしい状態にあるのであろう。ホールディングを平易で分かりやすく書いているのである。

 ホールディングとは心理的・物理的に抱えることであり、原初的な一体を想定している。二者関係や心理的側面のみに限定しているコンテイニングとは違うものである。ホールディングは精神分析だけではなく、一般的な心理臨床でも重要となってくるが、心理臨床家にとっては一部大変実践しにくい側面を有している。それは物理的なケアができないという点である

 例えば、医師の場合には、注射を打つ・触診をする・薬を処方するといった物理的なケアができる。母親と赤ちゃんでいうと母乳を与えることに相当する。そのような基盤の上で心理的なケアをすることでまさにホールディングを体現できるのである。心理臨床家は一部を除き、物理的なケアをすることができない。そこにホールディングの心理的なケアの部分しか実践できないという弱点があるのだ。

 そういう意味では物理的ケアをしていない心理臨床家がホールディングを言っても説得力を持たないようにも思える。



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 認知行動療法の入門的なテキスト。全体像を概観し、各技法ごとに、対象疾患ごとに分かりやすく説明している。また対象疾患の章ではそれぞれ典型事例のトリートメントが載せられているが、字数の関係もあるのかあまりにも簡単に記述されているだけなので、細かい部分でよく分からないところが多い

 あと、本書では「行動的家族療法」といった珍しい分野なども載せられていたり、対象疾患では「痛み」などのこれまではあまり心理臨床とは関わりの無かったものも載せられていたりして、目新しさはあるかもしれない。さらに「関連領域との連携」の部では「犯罪者処遇と認知行動療法」も載せられており、今後の注目される分野も加えられているので、なかなか面白いのではないかと思う。



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D.W.ウィニコット(著) 「体験的に知ることと知的に学ぶこと」 1950年
ウィニコット著作集1巻 “赤ん坊と母親” 岩崎学術出版社 pp27-33

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 これはBBC放送で話された内容である。お母さんは子どもを育てるとき、ほとんど本能といって良いほど、直感的に行動している。そこに変に専門的な知識を専門家が無理に教えると逆に良い養育をぶち壊してしまう。大切なのは専門家はお母さんを励まし、自然な状態に保つように守ることなのである。

 このウィニコットの考え方には、お母さんと子どもの悪いところを矯正するのではなく、彼らの元々の力を信じ、ホールディングすることで成長していくという信念があるように感じられる。これはお母さんと子どもだけではなく、精神分析臨床における患者に対してもこのように考えていたのであろう。クラインのアグレッションから見る視点とは大きく違うようである。



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