発展途上臨床さいころじすとの航跡blog版 (精神分析 臨床心理 心理療法)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

対象関係論の基礎

松木邦裕(監訳)「対象関係論の基礎」新曜社 2003に収録されているジェイムス=ストレイチーの「精神分析の治療作用の本質(1934)」の論文についての要約と感想です。

【続きを読む】
■要約
1、はじめに
 解釈とは何なのか?精神分析の治療機序とは何なのか?について考えていくことがこの論文のテーマである。

2、抵抗分析
 治癒の方向とは逆に向かおうとする力を発見・除去することである。

3、転移
 転移の分析を通して治癒へと至る。

4、超自我
 分析家が患者に影響を与えるのは超自我を通してのことである。

5、とり入れと投影
 エス衝動がとり入れと投影を繰り返すと病的になっていく。それが和らげることが必要である。

6、神経症的悪循環
 エスの衝動と超自我の抑圧が悪循環を起こすと神経症的になっていく。その悪循環をどのように解決するべきか。

7、「補助超自我」としての分析家
 患者の過酷な超自我の位置に分析家が座ることによって患者に影響を与えられるようになる。

8、解釈
 解釈という用語は多義的であり、人によってその意味するところは違っている。しかし、人を変化させる強い力を持つ解釈を「変容惹起解釈」と名づける。

9、解釈の第一相
 分析家に向けられた患者のエス衝動を解釈することによって、自分のエス衝動に気付くようになる。

10、解釈の第二相
 空想対象としての分析家から現実対象としての分析家へと変化する。逆説的ではあるが、患者が空想か現実かを識別できるようにするためには可能な限り患者に現実を差し出さないことである。

11、解釈と保証
 保証はある程度の不安を解消することもあるが、変容を惹起するものではない。

12、変容惹起解釈の「当面性」
 There and Thenの解釈では患者はリアルに感じられない。リアルに感じられる解釈はhere and nowの解釈である。

13、「深い」解釈
 深い解釈=遠い昔の生活史を扱った解釈は「当面性」という点からあまり有効ではない。

14、変容惹起解釈の「特異性」
 変容惹起解釈は患者の個別性・特異性を含んだ解釈でなければならない。

15、除反応
 除反応=カタルシスによる治療効果は一時的なもので、根本的な解決にはならない。

16、転移外解釈
 変容惹起解釈とは転移解釈のことである。転移外解釈は「当面性」という点からも変容惹起解釈にはならず、限定的な効果しかない。

17、変容惹起解釈と分析家
 分析家は無意識の恐れを感じるので変容惹起解釈をすることは独特の困難さを伴う。


■全体のまとめ
 超自我の質的な修正によって、患者は幼少期での発達の固着から開放され、大人の段階まで引き上げることができる。そのためには分析家は患者の補助超自我の位置に座り、変容惹起解釈=転移解釈をしなければならない。


■感想
 この論文は精神分析における解釈を論じる場合にはかならず引き合いに出されるものです。でも、引用文献としては知っていたけど、今まで読んだ事が無かったので、今回初めてゆっくりと読んでみました。まず思ったことはとてもすっきりと整理されており、大変読みやすく、分かりやすい論文だなということです。起承転結がしっかりとしているというか、論理立てて書かれているというか。今までフロイトの論文を読むことが多かったのですが、フロイトの論文は自由連想風に思いのままに書き連なっていることが多く、かなり読みにくいものであると僕は思っています。そこがフロイト論文の良いところであるとも言えるし、僕の読解力が不足しているとも言えるし。

 また、この論文は今から70年以上も前の1934年に書かれています。他のジャンルの科学論文で70年以上も古いものが未だに価値のあるものとして引用されているってことはあまりないと思います(歴史的な研究は別として)。70年前から進歩がない!という言い方もできるし、人間の本質は時代や文化によってあまり変わらないという言い方もできるかもしれません。どちらにしても現代の精神分析を語る上で、この論文は避けて通れないと思います。

 内容についてはストレイチーは転移解釈こそが変容惹起解釈であると結論しており、精神分析の中では転移解釈をし続けなければならないと言っています。転移解釈以外の介入も全く意味のないものではないが、それほど重要ではないと。ストレイチーがこの結論に至ったのは、ストレイチーの臨床経験が週4回以上のカウチを自由連想というセッティングであることが大きいのではないかと思います。すなわち、このセッティングであるからこそ、転移解釈だけをするセッションをしたとしても、何も介入しないセッションがあったとしても、特に問題はないのだろうと思います。これが週1回の対面であれば、転移解釈だけをすることはほとんどできません。転移外解釈を入れたり、支持的・指示的なことをしなければ、ケースが続きません。また1回のセッションで何も介入しなかったとしたら患者は不満足に終わるか、怒り出すだろうと思います。転移解釈だけをする治療というのは週4回以上のカウチによるセッティングであるからこそできることだと思います

 もちろん、ストレイチーもこの論文の「転移外解釈」の章で、「転移外解釈を与えることによって、変容惹起解釈を与え得る転移の一状況をしばしば誘発する」や「表面的には転移外解釈を与えていても暗黙には転移解釈を与えているという事態がしばしば起きる」や「全体を前進させたり、前線を強化する」と言い、その効果・価値は認めています。それでも週4回と週1回ではその与える量は大きく違うのではないかと思います。頻度が少なくなるほど転移解釈よりも、転移外解釈が増えます。そして、その逆も然りです。

 それと何故ストレイチーはこれほどまでに変容惹起解釈=転移解釈にこだわったのかということです。藤山先生の説によると、ストレイチーはフロイトに訓練分析を受けたが、転移外解釈が主で、転移解釈がほとんどなかったのではないかと。その為、転移解釈に飢え、無いが故にその重要性についてとても良く理解していたのではないか、というのです。それが本当かどうかは分からないけど、納得できる説です。



【続きを読む】
 あとがきで詳しく書かれているが、フェレンツィの後期の技法論文を中心にして編纂されている。そして、最後の一論文はフェレンツィの一番弟子であるマイケル=バリントの「外傷と対象関係」が載せられている。異色といえば異色だが、フェレンツィの外傷論の延長として現代的な発展が見られるので、違和感なく読めると思う。

 臨床日記の感想文でも書いたことと重複するが、フェレンツィのフロイトに対する意識はとても強く、まさに「父を越えよう」として奮闘しているように思う。それがこの著作集でも感じられる。技法面でフロイトを乗り越えようとして工夫されたのが、積極技法と弛緩技法である。

 これらの二つの技法を使うということはフロイトの自由連想の否定であるとも言える。ただ、フェレンツィは素材の分析の為に効果的なことなので精神分析の発展であると言っている。積極技法の一部は分析には役立たない素材が出てくるとも言及しているようなところもあったが。

 自由連想の否定が精神分析の否定につながるのかどうかは分からないが、自由連想というものが一体何なのか?について色々と考えさせられるところもある。そして、これらの一部は対人関係論のdetail inquiryなどにも繋がっていっているのかもしれない。もっと言うと、フロイトの夢分析の手法は要素に分解し、一つ一つの連想を確かめていく手続きをとっており、これも厳密には自由連想ではないと捉えることも可能かもしれない。それらとの関連からフェレンンツィが「自由連想自体が防衛として使われる」とどこかに書いていたが、これも確かにうなずけるところもある。

 そして、論文ではないが「断片と覚書」で、分析臨床についての着想をフェレンツィは書き綴っている。この形式は臨床日記でとられているものと同じであるが、起承転結がなく、詳しい説明もなく、思ったことをそのまま書いているので、あまりうまく理解できないところもあった。自分自身がもう少し臨床経験を積んでいけば理解していけるのかもしれないが。

 ここに収録されている論文のほかにも色々とあるようだが、今後訳出しされ、出版されるのかは難しいところのようである。「性理論の試み(タラッサ)」というのが一つだけ訳されているということなので、それはまたいつか読んでみたいと思う。


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。