発展途上臨床さいころじすとの航跡blog版 (精神分析 臨床心理 心理療法)
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 精神分析や精神療法(心理療法)をしていると本書のタイトルにあるように「生き残る(訳者は生き延びるという和訳が適切としている)」というキーワードは結構思うことがあります。それは自分の人生を全うするという意味と、1回1回の面接で治療者として死なず機能し続けるという意味の両方があるように思います。

 本書では主にその前者の生き残るを指しているようです。さらにいうと如何に楽しく生き残るのかということが主眼であると訳者は解説で書いています。

 確かに精神分析や精神療法をしていると本当に苦しく、もう辞めてしまいたいと思うこともありますし、プライベートが侵食されることもあります。患者さんの夢を見たりすることも稀ではありません(ただしこれは治療者の個人差もあるようですが)。著者はそのための方法などを著者自身の人生を振り返りながら色々なところで綴っています。著者の方法をそのまま使うことはどうかと思いますが、各治療者が自分自身にフィットする何かを探すことは大切なのでしょう。

 先ほどのもう一つの意味である「1回1回の面接で治療者として死なず機能し続ける」ということもまた重要ですが、この辺りはウィニコットに詳しく書いてあるので省略します。僕の体験で言うと、意外と面接の中で治療者機能が維持できなくなることは多いです。それは僕自身の未熟さということが大半かとは思いますが、いくばくかは治療者-患者関係の中で起きている相互作用によるものもあります。すなわち治療者機能が維持できないことこそが、治療者の逆転移であり、その分析を通して、患者を理解していく一つのきっかけになることもあります。

 死に真似ではありませんが、治療者機能が維持できなくなりつつも、面接から逃げ出さず、ドロップアウトせず、常に患者と会い続けることに意味が生じてきます。1回1回の面接の詳細な中身を見て行くと、確かに「なにしてるんだ?」と思うようなところは多いかもしれません。しかし、その中で常に居続けるエネルギーというのはいつか解釈に使用できる材料になっていきます。このことも「生き残る」ということに含めても良いのではないかと思います。

 この他にも本書の至るところで心に残るところは多いです。そのいくつかをピックアップします。

(1)面接室の準備
 pp36-37あたりでは開業した際の面接室の準備について書かれており、その必須の準備物として金属製のゴミ箱が挙げられています。なんでゴミ箱がここまで大切なの?って思う人もいるでしょう。このことについてユーモアたっぷりに書かれているので、おもわずクスリと笑ってしまいました。是非ともこの面白さを他の人にも伝えたいのですが、なかなか言葉にならないのでこの箇所については本書を読んでもらいたいと思います。

 ゴミ箱以外にも色々と開業した際の準備や心構えなど書いていて、以前に僕が「初回面接(1)」や「初回面接(2)」で書いたことと重複していたりすることもあります。考えていることが少し似ていたりしてて少し嬉しかったりもしました。

(2)サイエントロジー
 pp97あたりでは少しサイエントロジーについて書かれていました。著者の書き方からもそこにある種の怒りが強く感じられました。僕も少し関わってしまい、色々と大変でしたので、なんとなく分かる気がします。

(3)メモを取ること
 pp102あたりでは面接中に治療者がメモを取ることについて書かれていました。著者は面接中はメモを取ることに対してかなり否定的なようです。その理由についてあまり詳しく書いてませんでしたけど、著者の経験からの結論のようです。これについても以前に「面接の最中にメモを取ること」で書いたことがありますけど、やっぱり個人のやり方や方法や特性、また面接の目的によって違うのかなというのが今の僕の印象です。

(4)名前の呼び方
 これは英国文化と日本文化の違いかもしれませんが、著者は患者さんからどのように呼ばれるのかについてかなり敏感だったようです。ファーストネームで初対面の患者さんに呼ばれると必ず「コルタート先生と呼んでください」と忠告していたようでした。日本の場合、ファーストネームでいきなり呼ばれることはまずほとんどないので、この辺りのことが感覚としてまだ分からないところがあります。

 ただ、ファーストネームは別としても、確かに患者さんによっては、また治療のプロセスによっては治療者がどのように呼ばれるのか変わってくることもあります。以前に僕がケース発表した患者はプロセスによって呼び名が変わって、それを一つ一つみていくと転移/逆転移の局面が少し垣間見れたところもありました

 どのように呼ばれるのかが正しいのかは分かりませんが、患者さんがどのように治療者の名を扱うのかはとても重要な情報だと思います。

(5)分析家にとって医師の資格/能力
 フロイトは1926年の「素人による精神分析の問題」で分析家にとって医師資格というのは必要か不必要かについて述べています。簡単に要約すると分析家にとって医師の資格は絶対ではないが、分析の状況によっては医学的知識が必要になってくることもある、というものです。

 pp107-109あたりで著者はアセスメントの章で医師の能力について書いています。著者もアセスメントの段階で医学的知識が必要だけど、かならずしも医師資格が分析家にとって必須ではないとしています。

 フロイトにしても著者にしても、分析家にとって医師であることは必須ではないとしていながらも、その重要性は認識しているようです。このあたり、サイコロジストの僕にはかなり葛藤的になるところです。分析家を目指すうえで医師でないことのデメリットは大きいのか、サイコロジストであることのメリットというのはあるのだろうか、そういうことを色々と考えます。この辺りはまだ結論は出ていないですけど、これからも考えて行きたいところです。

 ただ、すくなくとも収入の面ではサイコロジストであるよりも医師である方が数倍良いでしょう。分析家になるための出費を考えたら。それと、サイコロジストが分析家になっている例の少なさも不安要素の一つです。


 フロイト著作集についての覚え書。

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 岩波書店からフロイト全集が発売され始めてて、もしかしたら徐々に移行していくのかもしれません。昔に出た人文書院のフロイト著作集はドイツ語と英語とごちゃまぜにした訳であったり、今となっては古い言葉が使用されていたりと問題点はあると思います。けど、臨床家が結構訳者に入っていたり、ジャンル別になっていたりと良いところもあります。忘れないうちに著作集の総目次を覚え書きとして置いておきます。

 ちなみに赤文字は現在まで読んだことのある本です。

フロイト著作集1 精神分析入門(正・続)
精神分析入門(正):懸田克躬・高橋義孝 訳 1917 【書評】
精神分析入門(続):懸田克躬・高橋義孝 訳 1933 【書評】


フロイト著作集2 夢判断
夢判断:高橋義孝 訳 1900 【書評】

フロイト著作集3 文化・芸術論
●文化・芸術論
W・イェンゼンの小説グラディーヴァにみられる妄想と夢:池田紘一 訳 1907
詩人と空想すること:高橋義孝 訳 1908 【書評】
レオナルド・ダヴィンチの幼年期のある思い出:高橋義孝 訳 1910 【書評】
トーテムとタブー:西田越郎 訳 1913
小箱選びのモティーフ:高橋義孝 訳 1913
ミケランジェロのモーゼ像:高橋義孝 訳 1914
無常ということ:高橋義孝 訳 1915
詩と真実中の幼年時代の一記憶:高橋義孝 訳 1917
不気味なもの:高橋義孝 訳 1919
否定:高橋義孝 訳 1925
ある幻想の未来:浜川祥枝 訳 1927 【書評】
ユーモア:高橋義孝 訳 1928
ドストエフスキーと父親殺し:高橋義孝 訳 1928
文化への不満:浜川祥枝 訳 1930 【書評】
火の支配について:木村政資 訳 1932


フロイト著作集4 日常生活の精神病理学 他
日常生活の精神病理学:池見酉次郎・高橋義孝 訳 1901 【書評】
機知 その無意識との関係:生松敬三 訳 1905 【書評】
自己を語る:懸田克躬 訳 1925
ある微妙な失錯行為:吾郷晋浩 訳 1936


フロイト著作集5 性欲論 症例研究
●性欲論
性欲論三篇:懸田克躬・吉村博次 訳 1905
幼児期の性理論:懸田克躬 訳 1908
ナルシシズム入門:懸田克躬・吉村博次 訳 1914
性格と肛門愛:懸田克躬・吉村博次 訳 1908
女性の性愛について:懸田克躬・吉村博次 訳 1932
リビドー的類型について:懸田克躬・吉村博次 訳
解剖学的な性の差別の心的帰結の二、三について:懸田克躬・吉村博次 訳 1925

●症例研究
ある五歳男児の恐怖症分析:高橋義孝・野田倬 訳 1909 【書評】
あるヒステリー患者の分析の断片:細木照敏・飯田真 訳 1905 【書評】
子どものうその二例:飯田真 訳 1913
児童の性教育について:山本由子 訳 1907
強迫行為と宗教的礼拝:山本巌夫 訳 1907
欲動転換-とくに肛門愛の欲動転換について:田中麻知子 訳 1916
呪物崇拝:山本巌夫 訳 1927
戦争と死に関する時評:森山公夫 訳 1915


フロイト著作集6 自我論・不安本能論
●自我論・不安本能論
防衛-神経精神病:井村恒郎 訳 1894
隠蔽記憶について:小此木啓吾 訳 1899
精神現象の二原則に関する定式:井村恒郎 訳 1911
精神分析における無意識の概念に関する二、三の覚書:小此木啓吾 訳 1912
想起、反復、徹底操作:小此木啓吾 訳 1914
本能とその運命:小此木啓吾 訳 1915
抑圧:井村恒郎 訳 1915
無意識について:井村恒郎 訳 1915
精神分析的研究からみた二、三の性格類型:佐々木雄二 訳 1916
悲哀とメランコリー:井村恒郎 訳 1916
快感原則の彼岸:小此木啓吾 訳 1920
集団心理学と自我の分析:小此木啓吾 訳 1921
嫉妬、パラノイア、同性愛に関する二、三の神経症的機制について:井村恒郎 訳 1922
自我とエス:小此木啓吾 訳 1923
マゾヒズムの経済論的問題:青木宏之 訳 1924 【書評】
エディプス・コンプレックスの消滅:吾郷晋浩 訳 1924
神経症および精神病における現実の喪失:井村恒郎 訳 1924
制止、症状、不安:井村恒郎 訳 1926
終りある分析と終りなき分析:馬場謙一 訳 1937


フロイト著作集7 ヒステリー研究 他
ヒステリー研究:懸田克躬 訳 1895 【上:書評】 【下:書評】
科学的心理学草稿:小此木啓吾 訳 1895
【書評】

フロイト著作集8 書簡集
書簡集:生松敬三ほか 訳

フロイト著作集9 技法・症例篇
●技法篇
フロイトの精神分析の方法:小此木啓吾 訳 1904
精神療法について:小此木啓吾 訳 1905
心的治療(魂の治療):小此木啓吾 訳 1905
精神分析療法の今後の可能性:小此木啓吾 訳 1910
乱暴な分析について:小此木啓吾 訳 1910
精神分析療法中における夢解釈の使用:小此木啓吾 訳 1912
転移の力動性について:小此木啓吾 訳 1912
分析医に対する分析治療上の注意:小此木啓吾 訳 1912
分析治療の開始について:小此木啓吾 訳 1913
精神分析治療中における誤った再認識(すでに話した)について:小此木啓吾 訳 1914
転移性恋愛について:小此木啓吾 訳 1915 【書評】
精神分析療法の道:小此木啓吾 訳 1919
分析技法前史について:小此木啓吾 訳 1920
分析技法における構成の仕事:小此木啓吾 訳 1937
防衛過程における自我の分裂:小此木啓吾 訳 1939
精神分析学概説:小此木啓吾 訳 1939

●症例篇
強迫神経症の一症例に関する考察:小此木啓吾 訳 1909 【書評】
自伝的に記述されたパラノイア(妄想性痴呆)の一症例に関する精神分析的考察:小此木啓吾 訳 1911 【書評】
ある幼児期神経症の病歴より:小此木啓吾 訳 1918 【書評】
ハンス少年分析記後日談:小此木啓吾 訳 1922


フロイト著作集10 文学・思想篇 I
●文学・思想篇I
ヒステリーの病因について:馬場謙一 訳 1896
神経症の原因としての性:馬場謙一 訳 1898
度忘れの心理的メカニズムについて:浜川祥枝 訳 1898
夢について:浜川祥枝 訳 1901
神経症病因論における性の役割についての私見:木村政資 訳 1906
文化的性道徳と現代人の神経過敏:高橋義孝 訳 1908
ヒステリー症者の空想と両性具有に対するその関係:高橋義孝 訳 1908
ノイローゼ患者の出生妄想:浜川祥枝 訳 1909
精神分析について:青木宏之 訳 1910
愛情生活の心理学への諸寄与:高橋義孝 訳 1910-1912
精神分析的観点から見た心因性視覚障害:青木宏之 訳 1910
原始言語における単語の意味の相反性について:浜川祥枝 訳 1910
自慰論:高橋義孝 訳 1912
精神分析への関心:木村政資 訳 1913
夢に出てくる童話素材:野田倬 訳 1913
証拠としての夢:野田倬 訳 1913
精神分析運動史:野田倬 訳 1914
ある象徴と症状:木村政資 訳 1916
ある具象的強迫観念との神話的類似物:高田淑 訳 1916
夢理論のメタ心理学的補遺:木村政資 訳 1916
精神分析に関わるある困難:高田淑 訳 1917
愛情生活の心理学への諸寄与-処女性のタブー:高橋義孝 訳 1918

補遺小論集

フロイト著作集11 文学・思想篇 II
●文学・思想篇II
子どもが叩かれる:高田淑 訳 1919
女性同性愛の一ケースの発生史について:高橋義孝 訳 1920
夢とテレパシー:高田淑 訳 1922
精神分析とリビドー理論:高田淑 訳 1923
幼児期の性器体制:吾郷晋浩 訳 1923
十七世紀のある悪魔神経症:池田紘一 訳 1923
精神分析要約:吾郷晋浩 訳 1928
精神分析への抵抗:池田紘一 訳 1925
素人による精神分析の問題:池田紘一 訳 1926
素人による精神分析の問題のためのあとがき:池田紘一 訳 1927
精神の分析:木村政資 訳 1934
ミケランジェロのモーゼ像補遺:池田紘一 訳 1927
ある宗教体験:池田紘一 訳 1928
戦争はなぜ:佐藤正樹 訳 1933
ロマン・ロランへの手紙-アクロポリスでのある記憶障害:佐藤正樹 訳 1937
人間モーセと一神教:森川俊夫 訳 1939 【書評】

補遺小論集:生松敬三 訳




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