発展途上臨床さいころじすとの航跡blog版 (精神分析 臨床心理 心理療法)
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ミクシで知り合ったりひさん=三羽さんの処女作です。印刷後すぐに学会で購入しました。

本の紹介文かあとがきにも書いてありましたが、内容は易しく、平易な文章で書かれているので、専門家だけではなく、専門知識を持たない一般の人やクライエントさんでも理解・実践できるようになっているみたいです。

内容はタイトル通り、自己モニタリングと呼吸法に特化しており、あまり複雑にならず、範囲を限定しているところがあります。あまり多くのことを頭に入れるとパニックになってしまう僕としてはこういう風に限定してくれると助かりますね。反対にもっとたくさん色々なことを網羅的にやっていきたいという人にとってはこの本を皮切りに他の本を当たっていくこともできると思います。この本は基礎的なことをちゃんと押さえてありますから。

実際、自己評定については様々な方法があり、行動機能分析から認知評価、分析的自己理解など代表的ですし、リラクゼーションの方法だと、他に自律訓練法・筋弛緩法などがあります。呼吸法を含め、個々人によって技法との相性もありますから、自分で合った方法を探していくのが良いでしょう。

本書に戻りますが、この本の特徴として音声CDが付属していることが挙げられます。CDの内容は呼吸法のインストラクションで、それを聞きながら呼吸法を実施していくことができるようになっています。実際に聞きましたが、ナレーションの声は優しく柔和で穏やかな感じなのでとても聞き心地がよかったです。僕はてっきりりひさんの声が入っているのかと思って楽しみにしてたのですが、違いましたね(笑)

ただ、このナレーションを聞いているとやはりリラクゼーションを実施する際の治療者の声というのは重要だなと思います。僕も自律訓練法を治療の中で用いたりもしていますが、あまり良くなさそうです。というのも、なんか声がこわばっているのか、焦ったりしてしまうのか、声に落ち着きがないんです(笑)。いつかナレーションのような透明感のある声を出したいものです。

もう一つの本書の特徴としては、ただ読むだけではなくて、この本をワークブックのような使い方ができるというところです。ストレス場面や、その時の感情・認知・行動を知るために本に直接書き込んでいくというものです。本に書き込むことに抵抗がある人もいるかもしれませんが、そういう時には読む用・保存用・書き込み用と3冊を買えば問題は解決。そうすれば、この本もたくさん売れて、りひさんはウッハウッハです♪(笑)

それはさておき、対人援助職だけに関わらず、現代社会は色々なことがストレスになってくるので、それを適切に処理していくことが大切になってきます。ストレスを溜めないにこしたことはないけど、なかなかそういうことは難しいので、溜まったとしてもそれを適度に発散したりすることが重要です。そういう発散方法の一つの方法として本書に書かれていることを実践していくことは良いのではないかと思います。この他にも自分に合った方法を探したり、趣味やスポーツなどをすることも良いですね。趣味とかスポーツと言うとなんか普通のことを言っているように思いますが、こういう普通のことを実践していくことが意外とできてないことが多いですから。

ちなみに両著者のサイトがありますので、こちらも参考にしてみてください。

三羽と角井の自己モニタリングと呼吸法のページ


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 妙木先生のマニアックなまでの細かい情報がたくさん散りばめられた良書。単にエディプスコンプレックスの専門的な知識を得るだけではなく、フロイトを中心として織り成された人間ドラマをうかがい知ることができる。

 精神分析家は歪みも偏りもある一人の人間であり、そこには色々な欲望が重ねられており、それを背景に精神分析の様々な理論が構成されている。これは精神分析が人間の学として臨床の学としてきわめて重要で、その創始者の人間性や性格がそのまま理論と合致しているのである。

 だからといってその理論が個人的主観であるとか、普遍性がないということはなく、不思議と色々な事象を説明するのにとても有用となってくる。やはり人間の学というのは泥臭い日常や臨床の中から経験的に積み上げられるものだということかもしれない。

 エディプスコンプレックスを初めとした精神分析の理論は賛否両論はあるが性を考えるところからできてきているものである。そこには人間の根源的な心の動きが関係している。それが現実世界・臨床世界に投影されているだけなのかもしれない。

 精神分析のトレーニングに教育分析というものがある。そして、それは上級分析家が訓練生に対して施行している。上が下に、下が上となり、そのまた下に教育分析をしていく。その無限連鎖が今日の精神分析の形となっている。さらに、当時は分析を受けていた一般の患者がそのまま精神分析家となることもままあったそうである。治療としての精神分析がそのまま教育分析となっていたのかもしれない。

 今日では心理療法をはじめ、精神分析などでも近親者や友人知人に対しては治療を行わないようになってきている。教育分析でもその傾向がある。しかし、フロイトの時代はこの原則は明確になっておらず、自分の子どもを精神分析したりすることも中にはあったようである。フロイトは自分の娘を精神分析していた。精神分析という営みを性関係に例えるとするならば近親相姦的であったといえるかもしれない。

 また、フロイトを中心としたグループの集団力動をみると、エディプスコンプレックス的葛藤が具象化している例が多いように思う。エディプスコンプレックスがあるのかないのか、理論的に整備不整備かは別として、少なくともエディプスコンプレックスが現実の人間関係の中に息づいていることは確かなようである。

 本書は過去の精神分析家の名前を一通り知っており、なおかつ精神分析の理論がだいたい頭に入っている人が読むとそのフロイトとその関係者の関係性が見て取れ、大変面白いように思う。全くの初心者もしくは精神分析をあまり知らない人が読んでも、チンプンカンプンかもしれない。


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