発展途上臨床さいころじすとの航跡blog版 (精神分析 臨床心理 心理療法)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


【続きを読む】
 本書はウィニコットによる約半年の精神分析の逐語禄である。患者は医師であり、妻との関係やガールフレンドとの関係、現実感の持てなさなどによる困難を抱えていた。ウィニコットとの取り組みにより、分析場面での眠りによる防衛などを頻繁に使用していたが、徐々に本当の自己というものに出会うようになっていった。終了については少々抵抗的な意味合いもあるようには思うが、それなりの成果を収めて終了に至っている。

 また付録には「引きこもりと退行」という論文も収録されており、そこで提示されている症例は本書のものである。

 時折エキサイティングな場面も見られるし、ウィニコットの姿勢には驚くべきところなども見られて、基本的にはなかなか面白かった。しかし、ただ、全体的に淡々と逐語が進むだけなので、ところによっては退屈さを感じてしまうところも正直あった。


ドナルド・メルツァー(著)「肛門マスターベーションの投影同一化との関係」 1966年
E.B.スピリウス(編)松木邦裕(監訳)「メラニー・クライン トゥデイ1」 岩崎学術出版社 1993年 pp124-141.

【続きを読む】
禁止ワードに引っかかってしまいそうなタイトルであるが。

肛門マスターベーション・投影同一化・偽成熟という3つの概念を結び付けていくことが本論文の目的である。肛門期葛藤に関してはアブラハムに詳しいが、その時期での自慰を通し、表立っては順調に発達しているように見えて、その実はこの時期に倒錯的に退行しているのである。そうしたことをメルツァーは事例を通して考察しているが、メルツァーの特徴で、言葉の言い換え・ジョークなどを取り上げながら解釈につなげていっている。フロイトの「機知」や「日常生活の精神病理」が実際の臨床で生きていることが見て取れるかもしれない。

【続きを読む】
 SSTは主にリバーマンの方法とベラックの方法の2つに分けることが出来る。本書は後者の方法について2日間のワークショップを行い、それをまとめたものである。様々なソーシャルスキルを小さいステップにわけ、それを段階的に練習していく方法であり、ある程度、問題や特徴が似た患者さんを集めたグループを構成することがベラック方式のSSTでは重要のようである。

 そして、それらの方式によるSSTをデモンストレーションを通して、分かりやすく本書では紹介されており、かなり臨場感あふれる印象がある。セッションの具体的な進め方や正のフィードバックの方法など、なるほどと思えるところが多数ある。


D.W.ウィニコット(著) 「正常な情緒発達における抑うつポジション」 1954-55年
北山修(監訳)“小児医学から精神分析へ-ウィニコット臨床論文集-” 岩崎学術出版社 pp312-334

【続きを読む】
 クラインの有名な理論として抑うつポジションがあるが、ウィニコットはこれをウィニコットなりに説明しなおしたものが本論文である。クラインは乳幼児の発達を抑うつポジション・妄想分裂ポジションを提唱し、二つの心的なあり方が成人になっても影響を及ぼし続けるとした。ウィニコットもその説自体には反論はしていないが、病気の名前が命名に使われていることに対して反論してる。すなわち、抑うつポジションは健康に発達する上で重要であり、特に病気とは関係ないものなのに、「抑うつ」という病気・病名・症状がつけられていることで誤解を招くとしている。確かに僕も最初にこの用語の触れた時にはそのようなこと思ったことはあると記憶している。そのためウィニコットは抑うつポジションを「思いやりconcernの段階」と呼ぶ方が良いと言っている。

 またそれ以前の段階については「無慈悲ruthless」と言っている。この部分は微妙であるが、クラインの妄想分裂ポジションとは多少違う状態を表しているように思う。クラインの妄想分裂ポジションでは、攻撃と迫害が渦巻く殺伐とした世界が表現されているのに対して、ウィニコットの無慈悲では、乳幼児の活動性activityと環境との出会いに焦点が当てられているようである。

 この時期のウィニコットはクラインに決別を告げられており、いわばクライン派ではなくなっている。それでもクラインに理解してもらいたいウィニコットが必死の思いで書いた論文であるように感じる。しかし、クライン理論を説明しているように見えて、ウィニコットなりの理解や理論がクラインとは違う形で展開してきているようである。そこにウィニコットの心の揺れ動きがかいま見れるように思う。

 そして、「生き残ることsurvival」についてもここで説明されており、母親がほど良い環境を提供し、死ぬことなく生き残り続けることにより、子どもが複雑な発達を遂げていくことができるとしている。これは臨床的にも患者のさまざまな攻撃や恨みなどから治療者が死ぬことなく、生き残ることが治療的に必要であることと同じことであると言える。



【続きを読む】
 上記のホームページに日本ホメオパシー医学協会の反論がすべて読めます。それを読みましたが、根拠が稚拙で、論理も破綻しているところが多く、読むに耐えないというのが率直な感想です。細かい突っ込みは入れようと思えばいくらでも入れれますが、そうなると膨大な量になってしまうので、主要な部分(ホメオパシーのメカニズムと効果判定)のところのみ詳しく突っ込んでいきます。

1988年に「ネイチャー」に掲載されたベンベニスト博士の論文「高希釈された抗血清中の抗免疫グロプリンE(抗IgE抗体)によって誘発されるヒト好塩基球の脱顆粒化」ですでに水の記憶に関しては証明されています。



 「高希釈された抗血清中の抗免疫グロプリンE(抗IgE抗体)によって誘発されるヒト好塩基球の脱顆粒化」と長くて意味がよく把握できないタイトルですが、ホメオパシーのレメディでするような希釈をすると分子はほとんどなくなるが、その分子の記憶が水に残り、構造的変化を起こす、ということをこの論文では論じています。そして、それがホメオパシーのメカニズムとして科学的に実証されたと日本ホメオパシー医学協会は主張しているわけです。

 しかし、この論文が掲載された後、実験手続きの不備が見つかり、不備を調整したところ論文で書かれていたような結果は導き出せませんでした。不備というのは著者のベンベニストの助手であるダウナーが実験を主に行っていましたが、彼女はホメオパシー信仰者で、ホメオパシーに都合の良いように結果が出て欲しいというバイアスから結果を歪めていたというものです。すなわち盲検化されていなかったのです。その後、ベンベニスト論文を支持する研究・支持しない研究がそれぞれいくつか出されましたが、支持する研究はいずれも研究手続きの不備が多く、研究の質としては低いものばかりだったようです。これらのことを総合して、現在ではベンベニスト論文は否定されていますので、ホメオパシーのメカニズムは現段階では実証されていません。

ここで「有効性がないことが科学的に証明されています。」の根拠とされたLancetの論文については内容的にも疑義のある論文であることが各方面からも指摘されています。



 この論文はシャンがメタアナリシスの統計解析方法を用いてホメオパシーの効果を調べたものです。これまでいくつかのメタアナリシスの論文はありましたが、分析対象とする研究について質の良いものから悪いものまですべて含めて分析していました。質の良い・悪いというのは、実験計画や手続きが厳密で、中立的で、サンプルも必要数を満たしており、脱落などの否定的結果も誠実に記述している、などによって判定されます。例えば、同じような研究でもランダムサンプリングされているのとされていないのとでは絶対的にランダムサンプリングされている研究のほうが信頼性・妥当性は高いのは当然です。こうして、質の悪い研究をふるい落とし、質の良いものだけを集めて総合的に分析したのがシャンの論文です。そしてシャンの論文ではホメオパシーの効果は極わずかでプラセボとほとんど変わらないと結論しています

 そして、日本ホメオパシー医学協会はこのシャンの論文に不備があると言っているのです。どういうところに不備があると言っているのかというと、主に以下の4つがあります。

1.この論文でもわずかだが効果はあるといっている。
2.シャンのふるいのかけ方にバイアスが掛かっている。
3.個々の病気を対象にしていない。
4.個別化を大切にするホメオパシーは大規模な臨床試験には馴染まない。

 しかし、よくよく考えるとどれも的外れな批判に過ぎません。

1.効果がわずかなためプラセボとの違いが見出せない。
2.シャンはメタアナリシスに入る前にふるいにかけているのでバイアスが掛かっているとはいえない。
3.個々の病気・症状を対象にしたとしても、いずれも効果があるという根拠は得られていない。
4.いずれの臨床試験でもベテランのホメオパス(ホメオパシーを施術するセラピスト)が個別化のための聞き取りを行った上でレメディを処方している。

 また、シャンに対する批判的な論はほとんどがホメオパスらによるもので、それこそ中立性が保たれていないものであると言える。すなわちバイアスのかかった反論である。これらのことからシャンのメタアナリシスは現在のところもっとも包括的な研究であり、それによるとホメオパシーの効果については否定的なものであると言える。さらにコクラン共同計画という利権団体などからは完全に独立している医療を評価する団体があるが、ここもホメオパシーに対して系統的なレビューを出し、ホメオパシーに対する効果には否定的な結論を出している

以下にHPに二重盲検法に基づきホメオパシーの有効性を示す論文がありますので参照してください。



 といくつかの研究をアップしています。しかし、研究の質を決めるのは二重盲検法だけではなく色んな要因を総合的に検討して決めます。一度結果が出たからといってそれで終りではなく、繰り返しの追試が必要です。そして、質の悪い研究が100とか200とか数が多くてもそれはエビデンスの積み重ねにはなりません。もちろん、「治った」という体験談も同様です。シャンの研究ではそういう質の良い研究だけを分析しており、そこではホメオパシーの否定的な結論が出されています。

 上記2点(ホメオパシーのメカニズムと効果判定)が重要項目と思いましたので、重点的に突っ込みを入れました。その他にも突っ込みどころは満載なので、簡単にやっておきます。

 日本ホメオパシー医学協会の反論には、「治った」という体験談が多く、歴史も長い、ということを効果アリの根拠としていますが、その両方とも根拠とはなりません。体験談は単なる体験談であり、プラセボや思い込みの域を出ないものです。そういうものをいくら積み重ねても根拠とはなりません。また歴史が長いことも根拠にはなりません。何千年も続いている根拠の無い施術はいくらでもあります。

 さらに、ホメオパシーはお金が掛からず、安全性も高いとしていますが、レメディの中には何十万円もするものもあるそうです(ここはまだ確認中)。安いものでも繰り返し使えばそれなりの料金になります。安全性についても、レメディの中には分子が1つもないので、直接的な害にはなりませんが、ホメオパシーに頼ることで必要な医学的処置を受けることが出来なくなり、間接的に害になってしまいます。なので、自己決定権を盾にして、ホメオパシーを受ける権利を主張することは暴論と言えます。

 さらには「ホメオパシーは副作用が無い。現代医療は副作用がある」といった論もあまりにも画一的で観念論にしかすぎません。また、副作用を主張することで間接的に現代医療に不信感を国民に植え付けようとしているように思えます。効果のある医療・薬剤は副作用もあります。それは仕方の無いことです。しかし、副作用を恐れて効果のある医療・薬剤を使わないとすれば、もっと悪化します。要は効果と副作用とを天秤に欠け、必要なものを必要なだけ使うことが必要なのではないでしょうか。例えばX線はすることにより確かに発ガンの確立が0.6%上昇します。しかし、それをもってしてもあまるぐらいX線による診断や健診を行う価値が高いのです。

 ただ、山口県のレメディを投与し、ビタミンKを与えずに乳児が死亡した件については日本ホメオパシー医学協会が言うように裁判中のことであり、事実関係が争われているところです。それが明らかになるまで待つというのは分かるような気がします。ホメオパシーが直接の死因かどうかの事実認定(多分レメディは単なる水・砂糖なので死因にはならないだろうが)。ホメオパスの助産師がビタミンKやレメディの正確な情報を提供していたか否かが争点になっているのではないかと思います。また、今までどうだったか分かりませんし、各ホメオパスの思想がどうなのかも分かりませんが、日本ホメオパシー医学協会では「現代医学を否定しているわけではない」というところは了解するところかもしれません。



FC2ノウハウにも掲載されています
ホメオパシー信者がよく使うレトリックとそれに対する批判方法まとめ。ホメオパシーだけではなく他の民間療法・代替医療についても同様のことが言えるかもしれません。

【続きを読む】

●ホメオパシーは200年の歴史があり、多数の人が使っている。効いたという体験談も多い。だから効果があるんだ。



歴史が長いことや多数の人が使っていることが効果があるという証拠にはなりません。また体験談もプラセボの体験談の積み重ねであるかもしれませんので、それをもって効果があるとはできません。

もし効果があるとしたいのであれば、きちんとした実証研究をして根拠を示すべきです。

●イギリスでは保険適用をされている。



イギリスでは保険適用が続いていますが、効果があるからが理由ではありません。イギリス議会ははっきりと効果はないと断言しています。ただ、使用している人が多いので、すぐに保険適用から外すと混乱が起こる為に適用を継続するとしているだけです。

●ホメオパシーの原理は今の科学では解明できないが、科学が発展すれば解明できる。



その論理はオカルトそのものです。「科学が発展すれば」ということで反証可能性がなくなってしまってます。

●ホメオパシーは害がないから安全だ。



毒を何万倍も希釈すれば化学的には害はないかもしれません。しかし、それによって必要な医学的処置を受けることから遠ざけられると、それは害になります。

●ホメオパシーの科学的効果がないことをちゃんと理解して使うなら問題はない。



その通りです。しかし、判断能力の低い児童や乳幼児は科学的事実を理解することが難しいです。そういう人に使うのはダメでしょう。またそうでなくても、他者に処置としてホメオパシーを行うことは慎むべきです。特に医療者はそうであるべきです。

中には現代医学では不治の人もいます。そうした人は藁にもすがる思いをしています。そういう人の足元を見て、ホメオパシーを処置するのは倫理的に大きな問題です。

●ホメオパシーの他の民間療法や代替医療の全てを否定するのか。



しません。それによって何らかの心の平穏や気持ちを落ち着きがもたらされている人もいるでしょうから。しかし、それはプラセボだからであり、その民間療法の効果であると嘘の情報を流してはいけません。



FC2ノウハウにも掲載されています
パーソナリティ障害とホールディングについて

【続きを読む】
(1)パーソナリティ障害
 パーソナリティ障害には認知障害・感情と衝動のコントロール障害があり、知的機能のアンバランスさが見られる。これらからやはり発達障害の一種としてみる方が良い。オットー=カーンバーグの葛藤説、ジェラルド=アドラーの欠損説は発達障害からの二次的症状に過ぎないのかも。

(2)ホールディング
 臨床心理において身体を扱うことは大切。ただ直接身体を触ることはできないので身体症状の相談に乗るという形が精一杯。その点医師・看護・介護出身の臨床心理は強い。身体ごと抱えて、扱っていけるので。ホールディングが理念で終わらず、まさに実践していると言える。

(3)パーソナリティ障害をホールディングする
 パーソナリティ障害の場合には、話が散逸したり、観念的になったり、被害的になったりするので、こうした身体ごと抱えていくことにより、具体的な世話をすることで地に足のついた会話ができるようになる。


オリエンテーションとする技法や理論を選ぶ時、人は合理的にはなれない。

【続きを読む】
 土曜と日曜は連続で事例検討会。土曜は復職支援の事例で、日曜日は教育相談の事例。

 この二つに参加してやはり思うのは、僕は現実的にガチャガチャと操作するような援助というのは不向きであり、嫌いなんだなと再認識したかな。そういう援助は意味がない、無駄であるということではなく、僕自身が単に合わないということだけ。

 患者の内的な葛藤や空想を扱い、ワークしていくことに魅力を感じる自分がいるのだなと。また、同様にこれらのことが援助技法として必要だとか、効果があるからとか、意義があるからというのでも無いように思う。いうなれば単に好きだからとしか言えないかも。

 究極的には好き嫌いのレベルなんですね。

 多分、人間はそんな合理的に物事を選択したりしていないと思うんですよね。合理的に見えるのは、単に後付で理由をくっつけているからだけ。

 例えば、認知行動療法(CBT)が好きな人がよく言うのは「CBTをしているのはエビデンスがしっかりしているから」という理由。でも、見ていると、その人の趣味・志向・性格がCBTにマッチしているから選んでいるだけ。エビデンス云々はその後の理屈付け。もし仮にCBTのエビデンスが明白ではなくても、何らかの理屈をつけてCBTを選んでいると思う。

 同様に、ブリーフや催眠や精神分析やユングやロジャースや家族療法などなどをやっている人もそうだろうと。

 合理的に選択はしてないけど、でも、その人の人生というコンテクストの中で、なぜそれを選んだのかは結構意味を帯びてくる。選ぶことで人生に肉付けをしている。反復と言い換えても良いけど。

 で、これらの選択は実はセラピーに良い影響も与えていると思う。

 最近は折衷主義とか、クライエントに合わせたオーダーメイドということが言われるけど、そんな単純なものではない。技法の選択は、クライエント要因、関係性要因の他にセラピスト要因があって、そのいずれにもマッチするときがもっとも効果的だと思う。だから、セラピスト自身が嫌いな技法、苦手な技法をすると、効果も半減する。いうなれば、セラピストにとっては技法は「好きこそ物の上手なれ」なのだろうと。


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。